契約不適合責任とは、売買の目的物が、「契約の内容に適合しない」ときに売主が買主に対して負う債務不履行責任のことをいいます。民法上「売買契約」の節にありますが、民法第559条により他の有償契約にも準用されています。
本稿では、売主買主双方の立場から、売買契約において契約不適合責任をレビューする際のポイントを検討します。
目次
民法上の契約不適合責任
2020年4月1日から施行された改正民法において、従来の瑕疵担保責任に代わって、契約不適合責任が規定されました。瑕疵担保責任と契約不適合責任の違いや契約不適合責任の効果については、以前の記事で述べましたが、ごく簡単におさらいをしておきます。
契約不適合責任の効果として、改正民法では追完請求権(民法第562条第1項)、代金減額請求権(民法第563条)、損害賠償請求権(民法第564条、民法第415条)、解除権(民法第564条、民法第541条又は第542条)が定められています。
また、目的物の「種類」又は「品質」の契約不適合があった場合について、買主が権利を行使できる期間に制限を置いています(民法第566条)。
商法上の契約不適合責任
第五百二十六条 (買主による目的物の検査及び通知)
1.商人間の売買において、買主は、その売買の目的物を受領したときは、遅滞なく、その物を検査しなければならない。
2.前項に規定する場合において、買主は、同項の規定による検査により売買の目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないことを発見したときは、直ちに売主に対してその旨の通知を発しなければ、その不適合を理由とする履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。売買の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しないことを直ちに発見することができない場合において、買主が六箇月以内にその不適合を発見したときも、同様とする。
3.前項の規定は、売買の目的物が種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないことにつき売主が悪意であった場合には、適用しない。
売買が商人間でなされる場合、民法の特則である商法の規定が適用されます。買主は売買の目的物受領後、遅滞なくその検査をすることが義務付けられており(商法第526条1項)、検査において目的物が種類、品質、数量に関して契約内容に適合しないことを発見したときは、「直ちに」売主に通知しなければ契約不適合責任を追及できない定めとなっています(同条2項前段)。
また、契約不適合が直ちに発見できないものであった場合でも、買主は6ヶ月以内に当該不適合を発見して、売主にその旨を通知しなければ契約不適合責任の追及はできません(同項後段)。
同条の趣旨は、商人間の取引においては迅速性が要求され、買主も専門的知識を有していることから、善意の売主の保護を図ることにあります。
もっとも、同条は任意規定であり、契約当事者間において修正することが可能です。
契約上の修正例
上記のように、民法、商法において契約不適合責任は法定されていますが、これらはいずれも任意規定ですので、当事者間の合意により修正することができます。
契約書においては、「商品の納品時」における検査やその結果に応じた責任分担を「検査」「検収」といった表題の条項で規定した上で、「検査完了後」に契約内容との不適合が発見された場合の処理を「契約不適合責任」という表題の条項で規定することがよく見受けられます。本稿もそのようなケースを前提に説明します。
売主有利の条文例(甲が買主、乙が売主)
※下線と番号の付された部分は、後に解説があります。
(契約不適合責任)
- 甲は、本件商品につき、納入後6カ月以内(⑦)に第〇条に定める検査において発見できず(①)、かつ乙の責に帰すべき事由による(①)契約不適合(甲乙間で定めた仕様書の内容と一致しないことをいい、軽微な不備等を除く(①)。以下単に「契約不適合」という。)が発見された場合、乙に対し、5営業日以内に当該不具合の具体的な内容を通知するものとする。
- 前項の場合、乙は、乙の選択する方法により(②)本件商品の修補又は交換を行うものとする。
- 前項の修補又は交換によって本契約の目的が達成できない場合には、乙は契約不適合によって甲に生じた損害を賠償するものとし、その損害の範囲は、甲が当該契約不適合により被った現実に生じた通常の損害に限る(⑤)ものとする。なお、乙は契約不適合について、前項又は本項に定める内容の他は責任を負わない(③)ものとする。
- 契約不適合が甲の責に帰すべき事由により生じた場合(④)、乙は前2項に定める責任を負わないものとする。
買主有利の条文例(甲が買主、乙が売主)
※下線と番号の付された部分は、後に解説があります。
(契約不適合責任)
- 本件商品につき、検収完了後1年以内(⑦)に契約不適合(仕様等の内容と一致しないこと、本件商品が取引上通常期待される品質・性能を欠くこと及びその他不具合(①)をいう。)が発見された場合、甲は、甲の帰責事由の有無にかかわらず(④)、乙に対して、本件商品の修補、代替品若しくは不足品の納入又は代金の減額(③)のうちいずれかを任意に選択して請求することができる。(②)
- 前項の甲の請求につき、乙は、甲の指定する方法により(②)、乙の責任と負担のもと行うものとする。
- 第1項に定める契約不適合により、甲に損害が生じたときは、甲は、乙に対し、当該損害(紛争解決に要した弁護士費用及び人件費、第三者からの損害賠償請求並びに逸失利益その他一切の損害を含む。(⑤))の賠償を請求することができるものとする。
- 前3項の定めは、甲の乙に対する解除の請求を妨げない。(⑥)
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レビューにおけるポイント
①契約不適合の定義
売主にとって有利な内容
契約不適合の内容について、法は「種類、品質又は数量に関して契約の内容に適合しないもの」としていますが、どのような品質が「契約の内容」となっているかを一義的に決めることは困難です。このような場合、売主としては、「甲乙間で定めた仕様書の内容と一致しない」などの定義規定を設けて、契約不適合の内容を限定することが考えられます。
また、「軽微な不備等を除く」などの文言を追加することで、売買の目的とは関係しない点について責任を負わない旨を明確にすることができます。
さらに、商法第526条第2項(買主の検査、通知がない場合の契約不適合責任追及の制限)の内容を担保するために、不適合の条件として「検査において発見できない」などの文言を付して、検査すれば発見、通知できた内容については契約不適合としない旨を定めることも考えられます。他に、条文例では売主の帰責事由ある不適合に限定するために「乙(売主)の責に帰すべき事由による」といった文言を付加しています(売主有利の条文例第1項下線①の部分)。
買主にとって有利な内容
反対に買主としては、契約不適合の範囲を広く取る動機が働きます。そこで契約不適合の内容として、仕様との不一致だけでなく、「取引上通常期待される品質・性能」などといった包括的、一般的な文言を追加することで、責任追及をしやすくすることが考えられます(買主有利の条文例第1項下線①の部分)。
②追完方法の選択権
売主にとって有利な内容
民法は、第562条第1項ただし書きにおいて「買主に不相当な負担を課するものでない」ことを条件に売主による追完方法の選択を認めています。もっとも、売主にとっては、条文例のように、買主の負担に関係なく売主の選択する方法によって追完をすることができると定める方がより有利です(売主有利の条文例第2項下線②の部分)。
買主にとって有利な内容
これに対し、買主としては、追完の方法について、民法第562条第1項ただし書きの適用を排除(売主有利の条文例第4項)し、売主に対し、買主の指定する方法で追完を請求できると定めることが考えられます(買主有利の条文例第1項及び第2項下線②の部分)。
③代金減額請求
売主にとって有利な内容
売主としては、売買代金の回収が契約の目的であるため、代金の減額はできれば避けたいところです。そこで、条文例では追完請求権と損害賠償請求権以外の売主の責任を排除する旨を規定しています(売主有利の条文例第3項下線③の部分)。もっとも、この場合でも、売主が契約不適合を知りながら告げなかった場合には、売主は責任を免れることができません(民法第572条)。
買主にとって有利な内容
民法上、代金減額請求をするには、買主が履行の追完の催告をした上で、その催告にもかかわらず売主による履行の追完がなされないとき(民法第563条第1項)又は履行の追完を受けても契約の目的達成の点から意味がない若しくは客観的に売主による履行の追完が期待できないときなど(第563条第2項各号)に行えるものとされています。
もっとも、契約の目的・性質によっては、履行の追完を待つよりも直ちに代金減額の請求をする必要性が高い場合も考えられます。そこで、条文例では、買主の任意で追完の請求又は無催告の代金減額の請求が選択できるようにしています(買主有利の条文例第1項下線③の部分)。
④買主の責に帰すべき事由による不適合
売主にとって有利な内容
民法は、買主の責に帰すべき事由によって契約不適合が生じた場合には、買主は履行の追完又は代金減額の請求ができないとしています(民法第562条第2項、民法第563条第3項)。
一般論として、契約条項においても同規定が排除されていない、又は同規定と矛盾する規定がなければ問題はありませんが、あえて同規定が適用される旨を明確にするために同様の内容を定めておくケースはしばしば見受けられます(売主有利の条文例第4項下線④の部分)。
買主にとって有利な内容
買主としては、民法第562条第2項、民法第563条第3項の適用を排除する条項を付すか(買主有利の条文例第1項下線④の部分)、譲歩案として「買主に故意又は重過失がある場合を除いて」などの文言で、買主の帰責性が強い場合を除いて同規定が適用されない旨を定めることが考えられます。
⑤損害賠償
売主にとって有利な内容
改正民法においては、契約不適合の場合も損害賠償及び解除は債務不履行の一般規程(損害賠償につき民法第415条、解除につき民法第541条及び第542条)によるものとされました(民法第564条)。もっとも、売主としては、賠償額の拡大を防ぐために、契約不適合に基づく損害賠償だけでも、その範囲を制限することが考えられます(売主有利の条文例第3項下線⑤の部分)。
買主にとって有利な内容
反対に買主としては、損害賠償の範囲を広く定義するため「当事者がその事情を予見すべき(民法第416条第2項)」かにかかわらず、具体的な損害の内容を列挙することが考えられます(買主有利の条文例第3項下線⑤の部分)。
⑥契約の解除
売主にとって有利な内容
上述の通り、改正民法においては、損害賠償同様、契約解除も債務不履行の一般規程によるものとされました。もっとも、同規定は任意規定であるので、契約書による修正が可能です。条文例では、契約不適合に基づく解除などの、追完請求権と損害賠償請求権以外の売主の責任を排除する旨を規定しています(売主有利の条文例第3項下線③の部分)。
買主にとって有利な内容
反対に、買主としては、契約条項において契約不適合に基づく解除が排除されていなければ問題はありませんが、あえて民法第564条が適用される旨を明確化する条項を規定することも考えられます(買主有利の条文例第4項下線⑥の部分)。
⑦契約不適合責任の期間
売主にとって有利な内容
商法において、買主による契約不適合責任の追及ができるのは目的物受領後6カ月以内とされているのは前述の通りです。当然ながら、売主としては、契約不適合責任の期間をできるだけ短くする必要がありますので、まずは契約不適合責任の期間の起算点を前の時点にし、その上で期間自体を法定の6カ月以内と同じかそれよりも短くすることになります。
条文例では、起算点を検収完了時ではなく、納入時にし、期間は6カ月以内としています(売主有利の条文例第1項下線⑦の部分)。
買主にとって有利な内容
反対に、買主としては契約不適合責任を追及できる期間をできるだけ長く取る必要があります。条文例では、契約不適合責任の期間の起算点を検収完了時とし、期間を1年以内としました(買主有利の条文例第1項下線⑦の部分)。
もっとも、実務では、契約不適合期間は契約の目的や売買の目的物の性質により決定することが、より重要です。例えば、生鮮品については、契約不適合責任の期間を長くしても買主にとってメリットはありませんが、耐久性の要求される工業製品であれば、その耐久性自体が「契約の内容」となりうるため、その性能に合わせた不適合期間の設定が必要になります。いずれにしても契約の実情に合わせた内容にすることが必要です。
(参考:阿部・井窪・片山法律事務所編「契約書作成の実務と書式」(有斐閣)
滝琢磨著「契約書レビューの実務」(商事法務)
弁護士法人 飛翔法律事務所編「契約書チェックマニュアル」(経済産業調査会)
執筆者:荻野 啓(GVA TECH株式会社/第二東京弁護士会所属弁護士)
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