日清食品ホールディングス株式会社(東京都新宿区)で執行役員・CLOを務める本間正浩氏は、日本のジェネラル・カウンセルの第1世代のひとりとして知られている。最高幹部の一人として経営に直接影響を及ぼすジェネラル・カウンセル。法務パーソンのキャリアプランの最頂点と言っていいその場所から見える景色とはどのようなものなのか。そして今後、ジェネラル・カウンセルを目指す第2世代に、なにを期待しているのか。
日本経済界におけるジェネラル・カウンセルの現在地とこれからについて、お話を伺いました。
「これからの企業法務の話を聴こう」
リーガルテックの導入などを通じて法務業務の効率化を実現した"その先"に、法務部門として何をすべきか、未来に向けて先進的な取り組みを実践されている法務の方に、そのお考えや実践内容についてじっくりお話いただくインタビュー企画です。
逃げるな、結論を出せ、曖昧なことは言うな
ーー以前、本間先生のお話の中で「法務パーソンに弁護士資格は不要。ただし、弁護士資格は法務パーソンにとって有効な証明書になりうる」とのお話がありました。弁護士資格を持たない法務パーソンにとって、本間先生ほど自分で責任を負って発言するのはなかなかハードルが高い印象です。
本間:
でも、それはやってもらわないとしょうがないんですよ。そこはきれいごとではなく、ジェネラル・カウンセルというのはそれだけ重い責任を負っているんです。経営陣の一員ですからね。先日のWebセミナーでもお話しましたが、アメリカではジェネラル・カウンセルの社内序列は5位以内が半数という。最高幹部ですからね。
ジェネラル・カウンセルとはそういうものなので、やはり責任を負わないといけない。だから、ジェネラル・カウンセルというのは昇進の延長じゃないよと言っているんです。順当に昇進すればジェネラル・カウンセルになれるかというと、たぶんなれない。どこかで質的な飛躍を遂げないといけない、ということなんだろうと思っています。
ーー弁護士資格が無いから経営陣やビジネス側から信用してもらえないというのは甘えでしか無い、ということですね?
本間:
おっしゃるとおりです。資格を持たなくても日本でジェネラル・カウンセルを務めている人も実際にいるわけですしね。
ーー本間先生がジェネラル・カウンセルとして意識してきたことにはなにがありますか?
本間:
逃げないこと。結論を出すこと。最悪間違っていても仕方がないという覚悟で、曖昧なことは言わないこと。
間違っていたらどうしようかなとか、プランBはどうしようかなといったことは、いつも考えていますよ。でも、絶対に逃げないことです。自分の中でね。
リーガルが決めて良いことなのか、ビジネスが決めるべきことなのかといった要素もありますから、ビジネスが決めるべきことにリーガルとして踏み込むことはしません。むしろ、往々にして、自分が責任を取りたくないので「法務が決めた」を言わせようとすることがありますが、これは押しかえす。これはガバナンスの問題ですね。
でも、そうじゃない限りは、自分の領域では明確な結論を出す。間違えていたら仕方がないという覚悟で結論を出すということですかね。それは気をつけています。
間違っているかもしれないけど、そのときはそのときですよ。それくらいの覚悟がないとやっていけないんですって、正解なんて分からないんですから(笑)。
ーービジネスには正しい答えがあるわけじゃありませんものね。
本間:
そう。だからそれはしょうがないんです。
よく、「こういう条件が揃ったら問題ありません」とか言いますでしょ? じゃあ条件が揃わなかった結果、プランが上手くいかなかったとき、「あのとき『こういう条件が揃ったら』と言いましたよね?」と言ったところで、絶対に信頼は得られませんよ。言い訳にしか聞こえませんもの。そして、実際にこれはただの言い訳ですから。
だったら、まだ「失敗しました、ごめんなさい」と言ったほうが遥かにマシですよ。
ーー先日のWebセミナーでは、ジェネラル・カウンセルの究極の姿として、なんの説明をすることもなく、経営者から「お前が言うならしょうがない」と言ってもらえること、とお話されていましたね。
本間:
そういうことになれば、涙が出るほどうれしいでしょうね。でも、これは恐ろしいことですよ。つまり、ジェネラル・カウンセルの一言で決断した、つまり社長が内容を理解して決断してくれたのではありませんからね。
「ダメなのか?」
「ダメです」
「お前が言うなら仕方ない」
と、これだけで社長が動いてしまう。
これは恐ろしいですよ。おそらく、どの会社のジェネラル・カウンセルも、そういう経験していると思いますよ。
ーージェネラル・カウンセルになるためには、それだけの信頼を勝ち取る必要があるということですね。
本間:
信頼を勝ち取るためには、それまでの経緯があるわけですよ。積み重ねというのがね。
私はどちらかというと、失敗してもリカバリーできるような小さな案件に関しては、かなり積極的ですね。できます、やりましょう、リスクを取りましょうとね。そして、本当にダメなとき、ストップを掛けなければならないときには、自分の責任においてそう伝える。
すると、「いつもはあんなに過激なことを言っていたあいつがダメだと言っている」「ということは、よっぽどダメなんだろうな」と周囲は思ってくれるんですよ。これもひとつのクソ度胸です。
ーーこれは、ジェネラル・カウンセルのような高いレイヤーではなくても、現場でも取り入れられることかもしれません。
本間:
おっしゃるとおりです。
ただ、根本的に違うのは、最後にそう言ったことがそのとおりになるのかどうかという部分で、現場の担当者と最終的な責任者とで違いますよね。後ろに誰かがいてくれて、最悪、守ってもらえる立場と、後ろに誰もいない人間とでは違います。
ーー経営陣にジェネラル・カウンセルの有効性を認識させるには、法務はビジネスを加速させるエンジンとしても機能すると理解してもらう必要があるように思えます。
本間:
まだ、多くの日本の経営者はリーガルというと「法律ではこうなっています」とビジネスにストップをかける、その程度に思っていると思うんです。
でも、そうじゃないんですよね。自らの言葉で発言して逃げずに責任を負える人材が育っていったら、今後変わっていくと思います。
実際には、失敗したときに責任が取れるかと言ったら、取りようがないんですけどね(笑)。ただ、経営陣と同じ感覚で責任を負って、モノを言ってくれる人間なんだ、そういうポジションがあるんだということを、どう経営陣が理解してくれるかですよね。
あとは、在外経験が長い経営者もいっぱいいるわけです。彼らは海外のジェネラル・カウンセルを見ているにも関わらず、「いらない」と思うのはなぜなんだろう、というのは不思議です。その価値を理解していないのか、分かっていながら必要ないと思っているのか、そこは不明です。
もしかしたら、ジェネラル・カウンセルについて、よく分かっていないのかもしれません。その点の理解が進んでいけば、こういう連中は便利だなということになると思いますよ。
ーービジネスを理解して、経営者と同じ責任感で判断してくれるわけですから、懐刀として非常に有益な存在ですよね。
本間:
かつ、リーガル面の安全性を確保して、ここまでのリスクを取れますと言ってくれますしね。
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法務部長からジェネラル・カウンセルの間にそびえる「壁」
ーー後進育成のために、本間先生が心がけていらっしゃることはなにかありますか?
本間:
現在、私がなにをしているか、なるべく部下に見せるようにしています。どうしても、すべてを見せるのは難しいのですが、できるだけ見せるようにしています。
先ほどもお話しましたが、ジェネラル・カウンセルの第2世代を作るための具体的な道筋、ルートは存在しませんから、探りながら進めています。
ーー現在は本間先生もそうですが、他社の方を見てみても、その方のパーソナリティに則っているところが大きいですよね。
本間:
現状はそうですね。同じ話の繰り返しになってしまうんだけど、法務部長とジェネラル・カウンセルの間にはかなり質的な壁があります。これをどう飛び越えられるかというところだと思いますね。
ーー日々、現場でがんばっている法務パーソンの方々、質的な転換を乗り越えて先生のような仕事をしてみたいという方に対してどんなアドバイスがありますか?
本間:
やっぱり、自分で結論を出そうよということ。決断しましょうよとね。加えて、責任を持つ姿勢をはっきり出しましょうと。ブレてはダメですよ。ブレたら誰も評価してくれませんから。
このブレないというのは大切だと思うんですよ。間違ったり失敗するのはしょうがないじゃないですか。だって、営業なんて何回失敗するんだって話でしょ(笑)? 受注率は何割なんだということですよ。この案件、取ってこられなかったじゃないかって(笑)。
それでもクビにはなりませんよ、1回や2回失敗したところでね。だから恐れてもしょうがない。
弁護士というか法律家って、「正解」を求めちゃうから恐れるんですよね。そうすると、保身のために条件を付けたり、留保事項をつけたりしてしまう。でも、そんなものを付けたところで誰にも響きませんから。
それなら「いいからクビになるところまで言っちまえ」って。部下からも、「そんなこと言って大丈夫ですか?」と言われたりするんですけど、いいから言ってこいって。
ーー本間先生のチームのメンバーは安心ですね。なにかあっても、本間先生がいてくれる。
本間:
難しいのは私が出るタイミングですよね。私が行けば早いんですよ、その場で決まりますから。出ていけばラクなんですけど、そればかりでは部下が育たないから難しいですよね。あんまり出ていくと部下が責任を持ちようがないですからね。そのへんはなるべく重みを負わせるようにしているんですけどね。
逆に、あんまり出ていかないと、ビジネス側からは「なんで本間さん出てこないの?」と言われるし。私も気が短いですから、話を聞いたら最後の結論をその場ですぐに言っちゃうんですよ(笑)。「じゃあ、こうしよう」って。言ってからいつも後悔するんですけどね。
その部分が私自身の指導者としての課題ですよね。やらせる。ギリギリまでふんばる。そこをどこまで待てるかが課題ですね。それがなかなか難しくて。
ーーメンバーの方の能力で、伸ばすのが難しいところはどこですか?
本間:
これも同じ話で申し訳ないんですけど、決断力なんですよ。
分析はできるんですよ。みんな優秀ですから、おかしな分析をするようなメンバーはいないんですね。その前提の上で、分析して結論を出せるかどうか。これって教えられるものではなくて、自分で努力しながら掴み取らないといけないんですけど、そこですよね。
あとは、どうしても細かいところ、細かいところに目が行ってしまうので、大所高所から「決め手は何なんだ」というところを見抜く力。これも難しいですよね。
教えてはいるのですが、こうすればできるという簡単なものではないし、一人ひとりの芸風がありますからね。
そもそも、プロフェッショナルというのは一人ひとり違うからプロフェッショナルなんですよ。ときどき、「本間さんの部下は一人ひとり言い方が違う」と言われるんですけど、「それがプロフェッショナルだ」と開き直っています。これはしょうがないんです。結論が同じであれば、そこへ行く道の説明が違ってくるのは仕方ない。
プロフェッショナルとはそういうものです。芸風が違うので、まったく同じようにやるようにしてしまっては、個性が死んでしまうと考えています。
ーー最後に、本間先生から若手の法務パーソンに向けて、メッセージをお願いします。
本間:
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
さて、今回、ジェネラル・カウンセルについてお話ししたわけですが、若い皆さんにとっては、長短2つの点で意味があるのではないかと思います。
一つは、将来の目標という点です。企業のトップに立ち、そのリスクを管理し、発展に貢献する。自分の言葉でこの巨大な企業が動く。正しい方向で。これは誇るに足る仕事です。若い皆さんにとっては十年、二十年先のことになってしまうことではありますが、目標を高くもって、頑張っていただきたいと思います。
もう一つは、皆さんの目の前の仕事のことです。なぜ、企業の法務部で働くことを選んだのか、という問いに対して、多くの人が「ビジネスに近いところで仕事がしたい」という動機を上げます。実はこれは世界的な現象です。しかし、同時に「ビジネスに近い」とはどういうことか、それについて具体的なイメージを持っていない方も少なくないとも言われます。
ジェネラル・カウンセルは企業法務の頂点にあると者として、まさに「ビジネスに近い」ということの意味を顕著に示すものです。むしろ、ジェネラル・カウンセルは「近い」というどころか、ビジネス「そのもの」と言ってもよいでしょう。しかし、そのあり方はジェネラル・カウンセル固有のものとは言えません。むしろ、それは全企業内法務部員にあてはまるものであると思います。
私のインタビューから皆さんが得るものはいろいろであると思いますが、それらは多少の程度の差はあるものの、本質的には皆さんご自身の今の仕事にも当てはまるものと思います。
一つだけ、ある企業内弁護士に関する英国の書籍の一節を引用したいと思います。「チームの一員であることは素晴らしいことである。しかし、それは共同責任を負うということを意味する」。
それでは、遠くを見つめ、しかし、足元を一歩一歩踏み固めつつ、がんばってください。