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「分野を特化し急拡大!勢いのある法律事務所のマーケティング戦略と事業計画とは」セミナーレポート(前編)

2023年11月22日、GVA TECHとL-EAP(一般社団法人弁護士EAP協会)との共催で「分野を特化し急拡大!勢いのある法律事務所の マーケティング戦略と事業計画とは」と題したセミナーが開催されました。

福祉業界に特化して急成長を続けている、弁護士法人かなめ 畑山浩俊 代表弁護士、法律事務所としてはそう多くない、事業計画を作成して計画に則った事務所経営を続けている 弁護士法人三ツ星 廣石佑志 代表弁護士のお二人のご講演と、幾多の弁護士との対話を行いYouTubeなどで公開されている、弁護士法人アルシエン パートナー 北周士 弁護士をファシリテーターに迎えたパネルディスカッションの三部構成で行われた本セミナーは、大盛況で幕を閉じました。

それぞれのご講演、パネルディスカッションを、前編、中編、後編の3つに分けてレポートします。

レポート前編は、畑山弁護士によるご講演「『かなめ』を通してやりたいこと―『何を大切に生きるか』から考える経営・マーケティング―」です。


畑山 浩俊 弁護士
弁護士法人かなめ 代表

勤務弁護士歴1年9カ月、29歳の時に独立開業。 「働きやすい福祉の現場を、あたりまえにする」をミッションに掲げ、全国の介護・障がい・幼保等の福祉事業者をサポートする福祉特化型の法律事務所を運営。 経営者だけではなく、管理者・施設長・園長等のマネジメント層もすぐに弁護士に法律相談ができる顧問サービス『かなめねっと』は現在33都道府県に普及。 弁護士13名、大阪、東京、福岡に拠点を構える。


かなめはどのような法律事務所?

法律事務所のマーケティングや経営を考えるとき、テクニカルな集客方法や営業手法を学ぶだけでは、いずれ行き詰まってしまいます。それらを考える手前で、「何を大事に生きるのか、ここに尽きる」と、哲学の重要性を講師の畑山弁護士は語ります。

法律事務所の経営、マーケティング手法について解説するためには、前段として「弁護士法人かなめが、どのような理念に基づき、どのような事業を行っているのか」を理解する必要があります。

弁護士法人かなめは福祉業界に特化した法律事務所として近年急成長を続けています。サポートしているのは事業者側。「働きやすい福祉の現場を、あたりまえにする」を経営理念に掲げ、法律事務所を経営されています。2023年現在は大阪、東京、福岡の三拠点に事務所を構え、オンラインを活用して日本全国の福祉事業者の支援を進めています。

「いわゆる『法務部の外注サービス』のような発想」と、畑山弁護士はご自身のサービスを解説しています。現在、支援している事業所は全国33都道府県のエリアにまで拡大しているそうです。

かなめが福祉業界に特化するまで
〜就活編~

全国に顧問先を持ち、順調に成長しているように見える弁護士法人かなめですが、畑山弁護士は「決して順風満帆ではなかった」と語ります。

畑山弁護士は1年9ヵ月の勤務弁護士時代を経て2015年に独立。同期の米澤晃弁護士と大阪に法律事務所かなめ(当時)を設立します。

「一旗あげようじゃないかと。自分たちの看板で勝負していこうと、米澤弁護士を誘ったんです。『ヨネ、自分たちで新しい価値を作っていこう』と」(畑山弁護士)

独立開業後、いろいろなご縁があり順調に仕事は増えていったそうです。その結果、開業当初に借りた事務所が手狭になり、2017年8月に事務所を移転。その後、2020年には法人化しました。2021年には東京事務所を、その翌年には福岡事務所を開設、2023年には大阪の事務所を拡張と、右肩上がりで成長を続けています。当初、2人で始めた事務所は2023年現在では弁護士13名、事務局9名を擁する規模になっています。

しかし、「当初から『福祉に特化していく』とは全く考えていませんでした」と畑山弁護士は語っています。それどころか「就活時代から勤務弁護士時代まで、いろんなことを悩んでいました」とのこと。

「僕たちが就職活動をしていた時代(66期)は、弁護士にとって就職氷河期と言われる時代でした。まず、面接にすらなかなか行けないんです。そこで僕は、求人が出ていない事務所にも手紙を出して『1回でいいから会ってくれ』と頼み込み、いろいろな先生に会っていただきました。今ならわかるのですが、忙しい弁護士の先生方が礼儀もわきまえない若造に時間を割いて会ってくれたというのは、本当にありがたいことだったと思います。

 そんな就活中も、僕は『弁護士になったら何をするのか』が見えていませんでした。ただ、実家が商売をしていたので、誰かの下で働き続けることは想像しておらず、『早い段階で独立するんだろうな』とは漠然と思っていました」(畑山弁護士)

独立するということは、自ら仕事を取ってくるということ。営業の能力を磨くために、就活をしている時期からさまざまな工夫をしていたそうです。

「就活で自己紹介やプレゼンをする時には、訪問する法律事務所のホームページを熟読して、どんなことをしている事務所なのか頭に叩き込みました。しかし、どこの法律事務所のホームページも似ているんです。『うちの事務所に来ればいろいろな経験を積めますよ、学べて成長できますよ』と書いてあるんですね。

 就活を続けていくなかで、テンプレートのようなことを話している自分に嫌気がさしてきて、自分は何をやりたいんだろうと考えた時に、『セミナーで集客して売り上げを立てられる弁護士になろう』と思い、面接では『事務所としてセミナー活動をやって売り上げを立てることで、事務所に貢献したいです』みたいなことを言っていました」(畑山弁護士)

当時は「まだ一人前にも程遠い若造が生意気なことを言うな」「弁護士として未熟な人間がセミナーをしてどうするんだ」と叱られたそうです。それでも「いずれ、セミナー活動や外に出て仕事を取ってくるような弁護士になるんだろうなと思っていました」と語っています。

かなめが福祉業界に特化するまで
〜勤務弁護士編~

無事に就活も終わり、勤務弁護士生活がスタートした畑山弁護士でしたが、弁護士1年目の壁にぶち当たります。

多岐にわたる仕事を前にして、社会の成り立ちや社会での相場感のようなものが分からず、自分がどのような仕事をしているのかわからないまま日々時間だけが過ぎていきました。

「内容証明を書いてくれと言われても、まず作り方がわかりません。調べればよいのですが、『これが相手に届いたらどうなるんだろう』『こんなのを読んだら傷つくのではないか』と、一般の方の感覚のままで過ごしていました。こんな状態で果たして弁護士業界でやっていけるのだろうかという不安な気持ちが強かったです」(畑山弁護士)

上司にもたくさん叱られており、「自分は弁護士として未熟だ」と自信喪失の日々だったと振り返っています。

そんな畑山弁護士も、依頼者との出会いをきっかけに変わっていきます。

市役所の法律相談などで、相談者から「先生は話しやすいから畑山先生に頼みたい」といった言葉をかけられる、交流会に出ても「相談に乗ってほしい」と言われ自分に仕事が来る、という状況が続きます。

「自分としては『弁護士としてはまだまだ』と思っているのですが、市場ではなぜか自分が評価されている。そこが正直よくわかりませんでした。『過剰な謙遜は罪悪である』という言葉がある通り、市場の判断を一度確かめた方がいいのではないかと思い立ち、勤務弁護士時代、自分の給料で一つのチャレンジをしてみました」(畑山弁護士)

畑山弁護士は、事務所に頼らず自身のキャッシュで、神田昌典著の「あなたの会社が90日で儲かる」を参考に、新聞に折込チラシを入れてみたり、チラシを作って配布してみたりと、自身の営業活動を始めます。

「当時はまだまだネットに慣れてない方が多かったので、高齢者の方々は新聞を読むだろうと考えました。それなら新聞に広告チラシを入れてみよう、日経新聞5,000部に広告チラシをこのエリアに撒いて、毎日新聞はこのエリアに5000部撒いて、といったように、20万円ぐらい使って実験をたくさんしていました。

そうしたら、仕事が来るんですよね。相談会場である公民館に行ったら8組ぐらい相談に来てくれて、その相談を一生懸命やりながら活動していました。結果として1年目から個人事件で売り上げが立つようになり、2年目が始まったときにはひと月で最大220万円の売り上げがありました」(畑山弁護士)

畑山弁護士の営業手腕を見た当時のボスは、パートナー就任を打診してきました。しかし、いつか独立するだろうと考えていた畑山弁護士はその打診を断り、1年9ヵ月の勤務弁護士生活を終え、独立します。

かなめが福祉業界に特化するまで
〜独立初期編~

「独立初期は本当に何でもやりました」と振り返ります。そのなかでもユニークな取り組みは、同業の弁護士の法テラスや役所の法律相談当番を代打で引き受ける活動です。

「独立して僕が最初にした営業は、同業の弁護士の先生から法テラスや役所の相談の交代をゲットすることでした。案件を多く抱えている先生は忙しいので、法テラスなどの割り振りがあっても対応できないんですよね。そのため当時は『誰か交代してくれませんか?』とメーリングリストで交代のお願いが流れていました。

僕の最初の営業は、できるだけ早くその相談を取ることでした。メーリングリストにそのようなお願いが流れたときにすぐ返信できるよう、『O(オー)』とキーボードを打って変換したら『お世話になっております。66期の畑山浩俊です。登録番号は49543です。交代可能です。』という定形文が出るように辞書登録しておいて、誰よりも早く法テラスと役所の法律相談を交代してもらっていました」(畑山弁護士)

この活動を続けたことで、段々と「有利」なことが増えていったそうです。

「同業の先生方のあいだで次第に有名になってくるんですね。『畑山くん、法テラスの件だけど、交代してくれない?』と、知らない先生から事務所に電話がかかってくるようになったんです。ありがたいなと思いながら仕事をしていたのですが、法テラスや役所から来る相談は、個人の方が多いですよね。お仕事をいただけるのはありがたいのですが、やはり安定からは程遠い生活でした」(畑山弁護士)

独立当時、事務所を構えるのに日本政策金融公庫から950万円を借り入れしていたそうですが、内装費用でそのお金はすぐになくなってしまったといいます。しかし、その経験も現在の糧になっていると振り返ります。

「内装業者さんに相見積もりを取るのが面倒で、最初に相談した業者さんの言うがままにしていたら、あっという間にお金がなくなりました。今考えれば世間知らずだったと思うのですが、とても勉強になりました。

勤務弁護士時代に破産の案件をやっていて、法人破産を手掛けさせてもらった時に、スケルトンで返すとか居抜きで探すとか、それが何を指すのか当時は分からなかったのですが、自分でテナントを借りて、父親に連帯保証人になってもらうためにお願いしたりする過程で、これが社会でどういう意味を持つのか、自分ごととして分かるようになってきました」(畑山弁護士)

このような状況のなかで「安定基盤を持たないといけない」と考えた畑山弁護士は、顧問契約の獲得に邁進していきます。

かなめが福祉業界に特化するまで
〜顧問獲得編~

顧問契約の獲得を狙ったとき、多くの弁護士は既存のビジネス交流会や団体に入りますが、畑山弁護士は、既存の交流会や団体に入ることに抵抗感があったといいます。

「何のために独立したのか見失いそうになるなと思いました。『誰々さんのご紹介だから迷惑がかからないように仕事をしなければいけない』と、プレッシャーを抱えて仕事をしている先生方もたくさん見てきました。それではなんのために独立したのかわからないので、既存の団体に一メンバーとしてはいるのではなく、自分で団体を作ってしまおうと考え、『かなめ交流会』というものを立ち上げました」(畑山弁護士)

参加する側ではなく、自ら主催者となって作り上げた「かなめ交流会」には、常識外の成果を出した経営者や話題の経営者を講師に招き、参加者を集ったそうです。

「例えば、職員が7人しかいない神奈川の町工場で残業ゼロを達成し、従業員の年収も600万円以上を達成した方(故𠮷原博氏)を講師にお招きして講演いただきました。神奈川県綾瀬市にある会社なのですが、ヤフーニュースでこの方が取り上げられた記事を読んですぐに電話したらご本人が出てくださって、すぐに会いに行きました。このように、自分が熱量を持ってこの人の話を聞きたいと思う人を講師に呼んできて、たくさんの経営者に声をかけました」(畑山弁護士)

かなめ交流会はコロナ禍が訪れるまで合計17回、正式に開催していないイベントも含めたら20回以上開催。回を重ねるごとに縁が広がっていき、顧問契約などにつながっていったそうです。また、交流会を自分で主催することによって、主催者である自分たちに一番多くの生の情報が集まることもわかりました。

このような活動を続けた結果、独立から3年で顧問契約は合計50件ほどに増えていきます。

しかし、次の問題に直面します。

かなめが福祉業界に特化するまで
〜福祉業界との出会い編~

順調に顧問先が増えたことで、今度は新たに「顧問を引き受ける企業の業界が分散してしまう」という課題を畑山弁護士は抱えることになります。それぞれの業界で慣習もルールも異なるため、相談を受けてもしっかりとした対応ができていないのでは?と不安を抱えたといいます。

「何より『これは自分じゃなくてもいいじゃないか』『自分じゃない方がいいのではないのか』と悩んだんですね。弁護士として自分は何を売っているんだろうと悩みました」(畑山弁護士)

顧問契約のクロージングの際、「何かあったときの保険です」といった言い方をする弁護士は多いでしょう。ですが、保険料として毎月3万とか5万という金額は高いのではないか。弁護士ですと言われても相手は何をしている人かわからないのではないか。

そうこう悩んでいるうちに、ひとつの考えが浮かびます。

「他の業界を見ていると専門特化している企業が多いなと思いました。一方、自分は何ができるんだろう、何がしたいんだろう、どうやって生きたいんだろう。いろいろ悩んだ時に一回思い切って業界を絞ってみようと考え、業界特化への道を模索するようになります。しかし、まだこの時は福祉に絞ろうとは思っていませんでした」(畑山弁護士)

初期は運送業界にも目を向けてみたそうです。労務トラブルの多い業界だったこともあり、短期間で顧問契約が一気に増えたものの、団体交渉対応や残業代請求の法人側での対応は労力がかかり、運送業界に特化して事務所を運営していくのは困難であることがわかりました。

ほかにも工務店特化など試行錯誤をしていたなか、畑山弁護士はとある一枚の事故報告書に出会いました。それは、社会福祉法人の顧問先の案件でした。

「その事故報告書はこんな感じです。『老人ホームの部屋の中からすごい音がした。部屋に駆けつけたら利用者さんが倒れていた。どうやらその部屋にあった長ダンスが倒れて当たったらしい』と、いわゆる介護事故ですね。

報告書には再発防止策についても記載しないといけないのですが、その事故報告書にはこう書いてありました。『タンスを開けられないようにタンスの向きを変える』。

ちょっと待ってくれ、と。言い方が失礼で大変申し訳ないのですが、『なんて稚拙なことが書いてあるんだろう』と正直思いました」(畑山弁護士)

その事故報告書を見た畑山弁護士は、施設長に「これではダメだ、こんなことをしていたらもっとトラブルは大きくなってしまう」と忠告したそうです。

「その施設長は『そんなことわかっている。でも現場のスタッフは文書を書くことも慣れていないし、日常の業務が大変なんです』と言うんです。しかも、この事故報告書を書いたスタッフはすごい高齢者に優しい方だそうです。変な文章を書くスタッフなんだけど、教育まで手が回らないんだ、そんな話をしていました」(畑山弁護士)

かなめが福祉業界に特化するまで
〜福祉業界特化の決意編~

その事故報告書をきっかけとして、福祉業界に特化した事務所として成長を続ける弁護士法人かなめですが、畑山弁護士が福祉業界でサービスを提供しようと決意した背景には、ご自身の生い立ちが大きく関係しています。

「僕は3人兄弟の末っ子なのですが、祖父母と叔父も同居していた頃は最大8人家族でした。実家は畑山肥料店という肥料屋をやっています。戦後、食料の大切さを痛感した祖父が開業したんです。

開業当初、肥料はどんどん売れたようです。しかし、高度経済成長期に減反政策が打たれて肥料が売れなくなっていきます。2代目の父が社長についた時にはもう斜陽産業で、そんな時に僕は生まれました。

祖父は父に会社を継がせてからも元気にしていたのですが、祖母が66歳で急逝してから様子が変わっていきました。祖母の死に大きなショックを受けて認知症になってしまったんですね。商売をやっているので、母親が商売もやりながら祖父の介護と子育てをしないといけない。

いまダブルケア問題が取りざたされていますが、僕が子供の時に母親が置かれていた環境そのものです。2000年に介護保険制度が始まって、祖父が介護サービスでお世話になるようになり、家族が非常に助けられました。そんな原体験があったんですね。

祖父と一緒にお風呂に入ったり、髭を剃ったり、トイレ介助をしていたら転倒させてしまったりと、僕にも経験があります。介護事業所でそのようなトラブルが起こったら介護事業者の責任だと言われるのですが、僕自身もよくそんなことをさせていたし、そもそも転倒を防止することなんてできないんですよ。

なのに、世間から介護の仕事って叩かれているよな、とかいろいろと考えるところがあって、彼らをサポートする仕事をやってみようと思い立ちました」(畑山弁護士)。

どうすれば介護事業者にアプローチできるのだろう。調べていくと、介護事業者は開業する際に必ず民間の賠償責任保険に入っていることがわかりました。そこで、損害保険会社にアプローチし、福祉事業者にリーチしていきます。

「事故報告書を見ていても書き方が分からない、分析の仕方が分からないといった悩みを抱えていることが見えてきたので、ヒヤリハット研究ゼミを3ヵ月に1回、僕が施設に行って行います、と営業をかけました。

『施設で研修をしながら施設の方々とともに勉強する』というサービスがついた顧問契約を売り出したんですね。売れるか心配だったのですが、初めてそのサービスを紹介したセミナーで、いきなり3社顧問契約が決まりました」(畑山弁護士)

顧問契約はこのあとも順調に増えていきました。しかし今度は、畑山弁護士が3ヵ月に1回施設を訪問するというルールがご自身をがんじがらめにしていったそうです。

かなめが福祉業界に特化するまで
〜かなめねっと編~

「途中で『3ヶ月に1回訪問するのって無理じゃないか』と気づきました。最終的にはほぼ毎日ダブルヘッダーになりましたね。毎日違う施設に行ってセミナーばっかりしているんですよ。

これでは体が壊れてしまうし、僕もプライベートがあり自分の生活があります。自分が大事にしている、大好きなサーフィンもあります。当たり前ですけどサーフィンは海に行かないといけない。僕は関西に住んでいるのですが、週末にサーフィンに行くため日本海側まで180キロ走ったり、勤務弁護士時代は金曜日の夜に仕事が終わってからそのまま静岡まで6〜7時間ぶっ続けて寝ずに走って行ったりと、そんな生活をしていました。

そんな生活をしていると当然、家族は僕にしびれを切らしてしまい、実家に帰られてしまったこともあります。これはまずいとサーフィンの師匠に相談すると、『畑山くん、家族も仕事も大切にできる人間だけがサーフィンを続ける資格があるんだよ』と、至極当たり前なことを悟されました」(畑山弁護士)

自分の人生を自らの足で歩んでいきたいと思ったから独立したはずだ。でも、事務所を独立したらさまざまな人たちの人生を背負って走っていくことになる。売り上げも立てないといけない。払わないといけないものは払い、その上で自分の人生をどう幸せに生きるのか。どうやってバランスを取ればいいんだろうと当時かなり頭を悩ませたといいます。

「どうすれば家族と仕事を大切にしながら趣味のサーフィンを続けられるんだろう。そう思った時にお客さんが答えを教えてくれました。

3ヶ月に1回セミナーをしていると、職員の方と仲良くなるんです。職員の方と仲良くなってくると、どんどんプライベートのLINEで相談が来るようになるんですよね。先生、こんなことが起こっているんだけどどうすればいいんでしょう、こんなの対応したことがないんだけどどうやって考えたらいいんでしょう、と。

初めは『LINEでくるなんて、僕のプライベートがますますなくなってしまう』と絶望しました。でもこれがヒントになったんです」(畑山弁護士)

介護事業所はそもそもどこにあるんだろう、と畑山弁護士は考えました。

「僕は宮崎県が大好きなので、宮崎の空港周りの介護施設をGoogle Mapで調べてみたんです。すると、サーフィンができるスポットと介護事業所の場所ってわりと被っていたんです。そのとき『もしかして、介護業界に特化してオンラインでサービスを提供していったら、全国で仕事ができて、かつ自分は平日に出張しながらサーフィンもできるんじゃないか』って思いました。

その時はじめて業界分析をしようと思い立ちました。福祉事業者はどれくらいあるんだろう。介護事業所は日本全国で約30万事業者あるんだ。障害福祉事業者さんは約15万事業所、幼児保育事業者さんは約4万施設あるんだな。北海道から沖縄まで、全国津々浦々に福祉事業者はある。まさに日本のインフラですよね。

僕は福祉業界の方々にすごく支えられたなという原体験があるので、この方々が困った時に速やかに弁護士に相談できる環境を作らないといけないと考えました。

次に、困った時に相談に乗る弁護士さんって全国にどれぐらいいるんだろうと調べました。弁護士業界の構造ですね。

弁護士はどんどん増えていると言われている。でもまだ4万5000人ぐらいしかいない。東京に2万人、大阪に5000人です。僕の大好きな宮崎には何人いるのかと調べたら136人しかいない。そういえば、日照時間が短い秋田県は認知症が多いと聞いたな。秋田県の弁護士さんは何人いるんだろうか。75人しかいないのか!僕は正直衝撃を受けました」(畑山弁護士)

秋田県にいる知り合いの弁護士に連絡を取ってみると、地方には弁護士が少ないため、地域のありとあらゆる相談が舞い込んでくる。弁護士が全く足りない、このままでは自分が倒れてしまうと、悲鳴にも似た言葉を聞かされたそうです。

そのような状況だと、地方で活動している福祉事業者の方々は、もしも施設内で事件が起こったとき、家族への対応、治療対応、行政対応、警察対応、マスコミ対応といった緊急事態に対応しきれないのではないか。並走してくれる弁護士は存在しないのではないかと思い至ったと畑山弁護士は語ります。

「危機的状態じゃないかと思いました。一方で、福祉事業者の方々がLINEでこれだけ相談してくれるのなら、オンラインで弁護士に相談できるサービスを作れば喜んでくれるんじゃないか。そう考えて『かなめねっと』というサービスを立ち上げました」(畑山弁護士)

かなめねっとはグループチャットで施設長から弁護士に相談できるサービス。法務部を外注するようなイメージで作ったそうです。

「かなめねっとは絶対に売れると思って2019年6月から売り始めたのですが、当初は市場の反応はあまり良くありませんでした。オンラインで弁護士に相談するという行為自体がよくわからないと言うんですね。

ですが、その半年後に起こったのがコロナ禍で、これがきっかけで社会がリモートサービスに一気に向き合い出しました。誰もがリアルとオンライン、オフラインとオンラインを行ったり来たりする生活が始まるんですね」(畑山弁護士)

幸か不幸か、かなめねっとも含めて、弁護士法人かなめのクライアントが一気に全国へ拡大しました。全国に出張してセミナーを開催する。地方訪問に合わせてライフワークのひとつであるサーフィンもその土地々々で行えたそうです。

「いま(2023年11月)、33都道府県にかなめねっとを提供させていただいています。最初は介護業界から始まったこのサービスは、幼保(幼児保育)業界、障害福祉業界と、日本中の福祉事業者の方々に広まっています」(畑山弁護士)

かなめが福祉業界に特化するまで
〜ビジョン/ミッション編~

独立当時は「なんでもやります」という姿勢で事務所経営を行っていました。そこから紆余曲折を経て、福祉業界に特化していくなかで、活動内容が具現化されてきたのであれば、今度は組織の内外に「自分たちはどのような事務所なのか」を宣言する必要があると感じるようになったそうです。

「ビジョン、ミッションを作ることにしました。自分たちがどんな言葉を大切にするのかを作り上げていくワークショップを半年かけて行い、自分たちは何をやろうとしているのか、言語化・図式化しました。

我々は働きやすい福祉の現場を当たり前にする。なぜそれをやるのか。僕たちが実現したい未来とはなにか? 自分たちだっていつか介護の世話になるかもしれない。結婚して子供ができたら保育園のお世話になるかもしれない。

自分たちが今働く環境は、福祉の仕事が元気じゃなかったら実現できないんですね。ワークショップを経て、僕たちの目指すべきビジョンは『人の環がずっとつながり、人の自由がずっと続く社会を作ることだ』と思い至りました」(畑山弁護士)

ビジョンが明確化することで、ミッションも固まっていきます。

「ビジョンを実現するために必要な僕たちのミッションは、『働きやすい福祉の現場を、あたりまえにする』こと。だから、事業所の方々が困った時にすぐに相談できるオンラインのサービスを全国に広げるんだ。

これが、僕たちが考えているビジョン、ミッションです。

このミッションがしっかりと体現できるようになれば、助け合いの環が大きくなって人の自由がずっと続く社会になるんじゃないか、という思いを込めて現在仕事をしています」(畑山弁護士)

ビジョンとミッションは、代表がひとりだけ頑張っても実現できません。組織で一致団結して進めるからこそ、実現に向かって進んでいきます。そこで重要になるのが「組織図」だと畑山弁護士は語っています。

「ビジョンとミッションが明確になると、演繹的に組織として必要な機能が定義されてくるんだと気づきました。いまも時間かけて組織図を作って幹部のみんなと議論しています。組織図は時代の流れとともに変わります。組織図は絶えず見直していく必要があります。」(畑山弁護士)

仕事、家庭、趣味。この3つに全力で人生を賭け、最大のパフォーマンスを発揮する。そのために弁護士としては福祉業界に特化していった。福祉業界に特化すればマーケティング的に有利だ、といういわば手段だけに捉われてこの分野に注力しても長続きしません。

自身の歴史を振り返り、自分自身がやるべき理由が明確になったからこそ頑張れる。また、組織が一丸となって頑張るための拠り所として、ミッションとビジョンの重要性も語られました。

「僕は『何を大切に生きるか』をすごく大事にする人間です。サーフィン、大事です。家族、大事です。一生懸命仕事すること、大事です。僕はこの3つに全力であることに人生をフルコミットする。この3つに僕の持てるエネルギーをすべて投入することが最大のパフォーマンスを発揮するための条件だと思っています」(畑山弁護士)


畑山弁護士の講演は、第二部の廣石弁護士へのバトンタッチの言葉とともに幕を閉じました。

(中編へ続く)

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