企業法務に関わる方や弁護士の方なら「インハウスローヤー(インハウスロイヤー)」もしくは「企業内弁護士」という単語は、ほぼ100%の方が聞いたことがあると思います。
読んで字の如く「企業に社員や役員として所属する弁護士」を指します。企業以外にも行政庁の職員として所属する場合は「行政庁内弁護士」と呼ばれ、企業・行政庁を総称して「組織内弁護士」と呼ぶこともあります。
本記事では、インハウスローヤーについて、企業ごとの分布や企業法務における関わり方について解説します。
目次
インハウスローヤー(企業内弁護士)とは?
インハウスローヤー(インハウスロイヤーと書くこともあります)は、社員もしくは役員として企業に所属する弁護士です。
厳密には企業だけでなく、行政庁や会社以外の法人に所属する場合もありますが、弁護士が資格を保持したまま公務員になれるようになったのが比較的最近ということもあり、人数の分布としては企業内でのケースが増加していることからも「インハウスローヤー=企業内弁護士」という認識が一般的です。
法律事務所などでの勤務経験がないままインハウスローヤーになるケースも増えていますが、日本ではまだ歴史が新しいこともあり、多くの方は法律事務所などで弁護士としての勤務を経験した後に、インハウスに転身することが多いようです。今後インハウスローヤーというキャリアが確立されるにともなって、最初のキャリアからインハウスを目指す方、インハウスと法律事務所を行ったり来たりする方など、弁護士にとってのキャリアの選択肢が増えていくでしょう。
国内のインハウスローヤーの人数・企業ごとの分布
インハウスローヤーは、弁護士が多く、企業としても法律や訴訟対策の重要度が高い米国や英国で発展してきました。日本国内では2000年以降に増加したといわれています。
2001年以降の日本国内のインハウスローヤーの人数などの統計が、日本組織内弁護士協会(JILA)のWebサイトで公開されています。
弁護士会別企業内弁護士数の推移の資料によると、集計開始した2001年は66人でしたが、2020年には2500人を超える規模になっており、年々増加しています。
同様に、企業内弁護士を多く抱える企業のランキングも公開されており、2020年は以下のようになっています。これを見ると10名以上のインハウスローヤーを抱える企業も珍しくなくなってきていることがわかります。
2020年と比較して、2001年の順位は以下のようになっています。
人数が少ないのはもちろんですが、この20年でも企業の顔ぶれがだいぶ変わっています。
当初は、法務の重要性の認識が従来から高かったと思われる外資系企業が中心でしたが、マーケットや主要産業の変化に伴い、国内の大手企業やインターネット関連といった新しい産業の会社が目立ってきています。
インハウスローヤーが増加している背景
国内企業においてインハウスローヤーが増加している背景は大きく4つに分けられます。
規制緩和によるリスク管理や内部統制のニーズ
2000年代以降、バブル経済の崩壊を経て、さまざまな規制緩和や法律(証券取引法や金融商品取引法、会社法)の改正が進みました。企業にとっては未知の領域にチャレンジするチャンスでありながら、チャレンジにおけるリスク管理を自前で行うこと自体が競争優位性につながることになりました。特に金融機関・商社などで、内部統制やガバナンス・コンプライアンスの重要性が高まり、インハウスローヤーが増えた大きな要因となっています。また、金融系企業の場合は、法律自体が金融商品を構成するとも言えるため、インハウスローヤーのニーズが継続的に高くなっています。
弁護士数の増加
2004年に法科大学院が開校して以降、法曹人口が増加しています。企業側のニーズの高まりと並行して、弁護士でありながら企業に所属するというキャリアが確立されてきました。
法曹人口が増加することで、個々のキャリアに対する指向性も多様化しました。法律事務所では当然だったパートナーを目指すというキャリア以外にも、会社員としての立場が、企業ならではの安定性やワークライフバランスの実現を重視する人の選択肢としても機能し始めました。
企業をとりまく状況やマーケットの変化
リーマンショックやコロナウイルス感染拡大、海外の有力プレイヤーの日本展開など、この20年のなかで生じた大きな変化は、どれも企業経営に大きな影響を与えました。
従来のマーケット感覚だけではとらえることの難しい、海外からの競合の登場など、激しい変化にスピーディに対応したり、リスクを取って新規領域にチャレンジするために、ハードルとなる法律面への対応ニーズが大きくなりました。
さらに、スタートアップ・ベンチャー企業を筆頭に、新しいビジネス分野・新規事業領域への進出を図るニーズが急激に増加しています。
こうした、未知の分野で迅速なリスクコントロトールをしながらも、スピーディに事業を進める必要性が高まっており、社内に弁護士という専門家を置くことが合理的といえる状況に変化してきています。
グローバル展開の加速
戦後の日本は製造業を中心に海外展開が加速していました。従来は数えるほどだった進出国も多様化も進み、国ごとに異なる労務や海外資本に関する法律、行政対応、カントリーリスクに対する対応へのニーズが急速に増えています。
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法律事務所の弁護士とインハウスローヤーの違い
「法律事務所」と「企業」という組織上の違いはもちろんありますが、最も大きいのは企業法務が専門となることです。
一般民事や刑事事件を扱うことは基本的にはありません。また、企業の人事システムの中で働くので「受ける案件を増やして収入を増やす」「自分の強みを活かせる案件に特化し単価を上げる」といった、従来の弁護士的なキャリア形成は難しい可能性もあります(最近では副業を推進する企業も増えており、実際に副業として弁護士業を行い、自社で培った法務スキルを活かす弁護士も増えており、今後もこの傾向は続くでしょう)。
反面、福利厚生や賞与など含めた制度が充実している場合もあるでしょう。
ただし、企業法務としては一般的な法律事務所では経験できない規模の案件だったり、事業部の隣でサポートすることでしか得られない知見を得られますし、その企業の事業領域を集中的に取り扱えるため、その分野特有の法務スキルに習熟できる可能性があります。また、企業によってはCLOやゼネラルカウンセルといった経営レベルで関与するキャリアプランを描くこともできます。
企業の法務部社員との違い
ほとんどの場合、インハウスローヤーは企業の法務部に所属します。
法務部門の社員だから弁護士資格が必須、というわけではないので、たいていの場合は、法務部門内に弁護士資格を持っている人と持っていない人が混在します。法律に対する深い知識や体系的な学問の習得に裏打ちされたリーガルマインドが期待されることはもちろん、訴訟対応で代理人となったり、顧問契約している法律事務所との専門的なやりとりなど、さまざまな役割が期待されます。
また、いわゆる弁護士的な業務以外にも、会社の登記に関わったり、事務手続きも含めた株主総会の準備など、会社の組織形態によっては多様な業務に携わるシーンも多くなります。
インハウスローヤーに求められるスキル
最も大きな違いは「弁護士資格を持っている」ことです。これにより、専門職である法務分野の仕事について、予め最低限の法律知識とリーガルマインドを習得していることが予想され、仕事の質がある程度担保されやすいといえるでしょう。
そして企業に所属しているなら、最終的には企業価値の最大化がミッションになります。従来的な法務として予防法務的に機能することはもちろんですが、より高い戦略法務領域での貢献が期待されることが考えられます。
法律分野で先行する米国企業のCLO(法務担当役員やゼネラルカウンセルとも呼ばれます)では、弁護士資格を持っていることがほぼ必須となっており、日本でも弁護士資格を持つボードメンバーがいる企業も今後珍しくなくなってくるでしょう。
戦略法務となれば法律、事業それぞれに対する高いレベルでの理解に加え、会社における理想の法務を描き、推進していくことも求められます。社内の事業の理解だけでなく競合他社や隣接業界、リーガルテックの知識・活用知識までが求められます。
関連記事:戦略法務とは?予防法務や臨床法務との違いから具体例、必要なスキルを解説
インハウスローヤーを抱える企業であれば、競争環境が複雑であったり、グローバル展開していることも多くなります。法律スキルはもちろんですが、ビジネス的なセンスや英語スキルの両立が求められることも多いでしょう。
おわりに
2000年代以降、増加の著しいインハウスローヤーについて紹介しました。
インハウスローヤーの増加は、弁護士の歴史のなかでも大きなトピックになると考えられます。企業における法務機能の理想や、弁護士のキャリアプランの一つとして、さまざまな可能性を考える上で参考にしていただければ幸いです。