GVA assistは、テクノロジーで契約業務に関する課題解決を目指すだけでなく、企業の法務パーソンの方々のお役に立てる情報発信を行っています。その一貫として、企業法務に携わる方々向けのセミナーも随時開催しています。
今回は、弁護士のミニマム独立と事務所経営がテーマ。さまざまな経験を経て「自分はワンオペが向いている」と選択的にミニマム経営を選んだ北周士先生と、勤務弁護士を経て独立し、これから事務所を拡大していくことも視野に入れた過渡期としてのミニマム独立を選んだ酒井貴徳先生。それぞれに現状と今後についてお伺いしました。
本まとめは前後編でセミナーをレポートいたします。
北 周士 弁護士
法律事務所アルシエン パートナー弁護士
2007年に弁護士登録(旧60期)、2011年にきた法律事務所を開設。2018年より法律事務所アルシエンに参画。
2014年より法律事務所の開業、経営、ブランディングに関する書籍の企画・執筆・編集・出版をするとともに、士業向けのセミナーの企画運営や講師を務めている。書籍として「弁護士独立のすすめpart1、part2」「弁護士独立・経営の不安解消Q&A」「弁護士「好きな仕事×経営」のすすめ」など(いずれも共著)。
自身の経営はアソシエイト、事務スタッフを抱える経営を経て、現在はワンオペ。
酒井 貴徳 弁護士
法律事務所LEACT 代表
2010年弁護士登録(新63期)、2019年ニューヨーク州弁護士登録。2011年に西村あさひ法律事務所に入所、2019年にContractS株式会社に入社、2022年に法律事務所LEACTを設立。 西村あさひ時代には、上場企業・スタートアップを問わず、紛争・行政対応、M&Aなどの企業法務案件を担当。留学を経てスタートアップ参画し、経営・営業・プロダクト開発などを幅広く担当。
現在は、一人で法律事務所LEACTを立ち上げ、ワンオペで奔走中。
(モデレーター)山本 俊
GVA法律事務所 代表弁護士
GVA TECH株式会社 代表取締役
鳥飼総合法律事務所を経て、2012年にGVA法律事務所を設立。スタートアップ向けの法律事務所として、創業時のマネーフォワードやアカツキなどを顧問弁護士としてサポート。50名を超える法律事務所となり、全国法律事務所ランキングで49位となる。2017年1月にGVA TECH株式会社を創業。リーガルテックサービス「GVA(ジーヴァ)」シリーズの提供を通じ、企業理念である「"法律" と "すべての活動" の垣根をなくす」の実現を目指す。
目次
人が先か仕事が先か? 難しい「採用」問題
山本と北先生は、代表弁護士として採用を活動を行った経験があります。人の採用について、どのように考えているのでしょうか?
北先生の場合
- 事務員はかつて所属していた事務所のスタッフをスカウトし雇用。2017年まで勤務しえくれていました。
- 弁護士は事務所が多忙になるタイミングでその都度採用
- 「人を採用するタイミングが遅かった」のが反省点
独立前の2年間、法テラス案件を大量にこなしていた時期があった北先生。一般民事の案件が多かったため、事務作業を自分で手掛けるのは非現実的でした。その経験から、独立時も事務員は必要と考えて、知り合いのスタッフが事務所をやめると聞いてスカウト。結果、体調不良で退職するまで長く北先生を支えてくれたそうです。
弁護士は、案件が増えて事務所が回らなくなるタイミングでその都度採用していたのですが、「これでは遅かった」と振り返ります。
「忙しくなってから雇うと教育前にいきなり最前線に送り込むことになるんです。教育する時間はなく、自分も忙しい。採用するなら早めにしておかないと、いきなり負荷がアソシエイトにかかるので、限界を迎えてから採用したのはとても反省しています。もっと早めにするべきでした」(北先生)
山本の場合
- 開業直後の4月に1人弁護士を採用
- 5月に新人弁護士を4人採用(内定は8人に出した)
一方の山本は、開業直後から積極的な人員拡大を図っています。しかし「それが地獄への入り口でした(笑)」と振り返ります。
「やっぱり仕事がないわけですよ。だから仕事を取らなければならないと大変でしたね。採用が先か、案件獲得が先か、そのバランスはたしかに難しいですね」(山本)
ミニマム独立におすすめのITツール
案件を進めていくにあたって発生する事務処理は、どのように進めているのでしょうか?
北先生の場合
- ベンチャー法務メインのためほぼ事務処理はなし
- 訴訟時の印刷や押印などは自らやる
- アルシエン所属のため、電話受けや郵便配布などは事務員がやってくれる
- 破産など事務処理が大量に発生する案件は受けない
ワンオペを進めるにあたって、「事務処理が発生しない領域をメインに置く」発想が必要だと北先生は語ります。発生する以上、いくら効率化してもゼロにはならない。ならば、初めから発生しない案件を選ぶしかないという考え方です。
しかし、経営者の離婚や特定分野の債権回収業務も手掛けているため、訴訟が発生します。その際の印刷や事務処理は行わざるを得ないそうです。とはいえ、今後オンライン訴訟も進んでいく中で、これらの処理も減っていくだろうと考えているとのことです。
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酒井先生の場合
- 裁判案件は他の弁護士に回すため受けない
- レンタルオフィスに受付や電話代行は依頼
- 請求処理や委任契約は自分で行う
現在は企業法務メインで手掛けているが、訴訟は別の弁護士にお願いしているとのこと。顧問業務も高単価で受けているため、請求処理や契約書の業務は自分で行える範囲。そもそも事務作業が発生する案件は受けない前提で進めているそうです。
「自分の専門性と合致しているし、ミニマム独立しやすい環境でやってきためぐり合わせもあります」(酒井先生)
前段で「固定費10万円のうち、4万円はツールなどのIT費用」と酒井先生は語っていました。
ここで使っているおすすめツールが紹介されました。
酒井先生のおすすめツール
- board(請求書システム)
- freee(クラウド会計ソフト)
- Notion(データ集約)
- Slack(チャットツール)
- Box(クラウドストレージ)
- Googleワークスペース
boardは請求書処理と簡単な売上・予算管理ができるツール。案件管理もできて請求管理もできて、かゆいところに手が届くコンパクトなシステムと絶賛しています。
会計処理はfreeeを活用し、顧客とのやり取りはSlackを使っているそうです。
Notionでは情報を集約しているとのこと。現在はワンオペなので必須ではないものの、今後を見越してドキュメントを残すときはそこに残すようにしているそうです。
Boxはクラウドストレージ。さまざまな同様のサービスがあるなかで、Wordなどのマイクロソフト系と一番相性がいいのがBoxだそうです。
ミニマム独立のメリット・デメリット
セミナーの最後に、ミニマム独立のメリット、デメリットをそれぞれにお話しいただきました。
酒井先生:
北先生のような「到達点としてのミニマム独立」と、私のような「過渡期としてのミニマム独立」があります。私の場合は、独立して万が一だめだったとしても、すぐに店じまいしてどこかの事務所に入れていただくことも視野に入れて、スピード感を持って活動できるのが、ミニマム独立のメリットだと思います。コスト面もそうだしすべてを軽く進められるためです。
独立したら販路はどうするのか、業務をどうするのかなど心配や不安はありましたが、これも結局やってみないとわからないんですよね。頭で考えるだけではなく一歩踏み出すための独立、リスクを取りたくない私のような人間が取るもっとも精神的な負荷の低いやり方がミニマム独立ではないかと思います。
今後は、ミニマムというよりは投資をしていて大きくしていく方向を目指していきたいと思っています。そのために、ミニマムに活動をしながら「ここに投資をすればこの数字が伸びる」とか「この数字を上げたければここに投資をする」といった仮説を立てて立証していこうと思っています。そのようなPDCAを長くやることができる、やりたいだけやるために、私はミニマム独立を選びました。
デメリットは、いまのところ大きなものは感じていません。すべてのデメリットを消すための手段がミニマム独立でしたので。
山本:
北先生、ミニマム独立のデメリットについてはいかがですか?
北先生:
私は取捨選択した結果としてのミニマム独立になるのですが、メリットはいろいろあると思っています。まずメリットでいうと何も我慢しなくていいことです。経営者になっていたら、従業員からどう見られるかは気にしないといけないと思うんですがそれもない。クライアントからどう見られるかも、良いお客さんしかないんですよ。私が嫌だったら私に頼まなければいいだけの話ですしね。
嫌なお客さん、対応に負荷がかかるお客さん、私はネット上で割と変なことをやっている関係もあって、そういうのも何も我慢しなくていいというのが一番のメリットだと思います。
一方のデメリットは、できないことがめちゃくちゃにあること。自分のキャパシティ内でできることしか手がけられないし、しかも自分は衰えていくんですよ。私は40歳になりました。ここから能力が伸びることは残念ながらあまりないと思うんです。
また、先月体調を崩したのですが、体調を崩すだけであらゆるスケジュールが破綻するんです。軽く熱が出るだけで業務が破綻するというのが容易に起こるんですね。
とにかくできないことが多いので、この「できない」をどう周りに埋めてもらうかが重要です。
自分ができる案件だけを受けるためには、問い合わせにはできないことも来てもらわないといけないんです。来た問い合わせが100%クライアントになるということは残念ながらありえませんから。
できない問い合わせが来たときに、「私はやっていないんで」と答えてしまうと、そこで関係性が断裂してしまう可能性があります。そこで、「私はできないのですが、私に聞いてくれれば最高の弁護士につなぎますよ」と言えれば、次の紹介につながるわけです。
そのような回答ができるようにするためには、自分の事務所内には必ずしもいらないのですが、外部との関係性を築けていないと速攻で破綻してしまうんです。
できないことをいかに抽出できるかというところと、できないことがさらに増えていくことに寂しいなと思いながら耐えられるか。問い合わせだけは自分ができることが少ないからそれだけ来てくれればいいんですけど、戦略的に広告を売っていたらもうちょっとコントロールできるかもしれない。
私は今ベンチャーをやっています、経営者の離婚をやっていますというと来るのですが、ただ来るだけの相談もたくさんあるんです。でも、それがあるから食えるんですね。選り好みもできるじゃないですか。これは私が受けたほうがいい、費用対効果的に無理という選択ができるのも、問い合わせ件数自体は自分の許容量よりも多くないと、できないんですよ。
ワンオペって、積み上げたもののうち、やりたくない、できないものを削って芯を残す作業なので、そのためには一回積み上げないといけないわけです。
山本:
最後にミニマム独立の根幹のテーマにたどり着けた気がします。勉強になりました。セミナーはここで終了します。ありがとうございました。
Q&A
本セミナーではほかにも多くの質問が寄せられました。その一部をご紹介します。
Q 酒井先生に質問です。独立直後の営業活動について教えてください。
酒井先生:
営業活動はしていなかったんです。独立前はまったくしていません。独立後に何をしたかというと、開設の挨拶なども出さないままでしたので、どこかで聞きつけた前の会社のつながりとか、以前の事務所のつながりとか前のクライアントさんが独立したの? とご連絡をくれて、すぐにキャパが来たんです。
ただ、誤解してほしくないのは、独立する前はめちゃくちゃ怖かったんです。案件が来なかったらどうしよう、販路どうしよう、広告打たなきゃいけないの、ネットで何もしてないし、会食もゴルフもしていない。かつ、独立するまでは案件をお願いしますと言っても来ないんですよ。いざ独立したら言わなくても来てくださった。
そんなに多くはありませんが、月に10万円だからこそ食っていけるレベルの売上は初月に立ちました。ありがたかったですね。人の縁でしかないので再現性はありませんが、主観としては本当に怖かったんです。だから初月の固定費を10万円にしたんです。あてもなかったので。
山本:
紹介やお客さんは昔の知り合いの方々からですか?
酒井先生:
そうですね。あとは弁護士からの紹介とか。企業法務でずっとやっている人を探していて、クイックに動いてくれる若手が必要なんだけどといったら、酒井がいるよと紹介してくれたり。
そこで固定費を抑えたのが効いてくるんですけど、無理に受けに行かなくて良くなるんですよね。僕の固定費は10万円ですが、もしも40万円だったら残りの30万円を埋めるためにやりたくないこともしないといけない。それをやらなくても良いようにするためにも固定費を抑えることが効いてくる。
伸ばしたい分野が決まっていれば、そこに投資すればいいと思うんです。マーケティングなり自分の勉強の時間なりで。ただ、食っていくために埋めると雑多な案件が入ってきて、かつミニマムなのでキャパがきて将来への投資の時間もないという悪循環に入りそうだったので、とにかくミニマムにという戦略です。
山本:
いまのテーマと関連してなのですが、次の質問です。
Q ご教示いただいた初期費用、固定費に加えて、当面のキャッシュフロー等を加味すると借り入れをしない前提で、独立直前に貯金がどれくらいあると安心感があると思いますか?
山本:
どうなんでしょうね。僕は貯金300万円くらい。それを全部突っ込んで、1000万円借り入れで運転資金にして、固定費が200万円だったので、大変でした。5ヶ月分。
酒井先生:
リスクの許容度が人によって全然違いますよね。僕はリスク許容度が低いんです。リスクは回避したいし家族もいる。この質問はこの人の生活費がいくら掛かっているかがベースになると思います。さらにどのくらい固定収入があるのかを考えて、何ヶ月生きられるかなで考える。
何ヶ月生きられるかの計算式で、それが6ヶ月なのか2年なのかで変わっていくと思います。そこはご自身のキャッシュフローを見ていただくのが一番ではないかと。
山本:
そこは重要ですよね、生きていくために。
酒井先生:
生活費用を落とすと言っても、安い家に引っ越すための費用が50万円かかったら意味がありませんし、生活レベルはそもそも落としにくいものです。毎月30万円で生きている人と100万円で生きている人では必要な貯金額が変わりますよね。あとは借り入れはしたほうがいいんじゃないかと思います。弁護士はできますよ。有利だと思います。
公庫は特殊な金融機関で、リスクを取りたいけど取れない方にどうぞとリスクを飲んでやってくれるのが政策金融公庫なので、最初に頼るべきは公庫だと思います。
北先生:
酒井先生と同意見です。必要な貯金額は人生のステージによると思うんですよね。独身と妻子持ちで生活コストがまったく違うので、コスト許容度もぜんぜん違う。あまり一般化する必要はないのではないでしょうか。
ただ、キャッシュが今いくらあって、いくら貯まるまで独立しないでおこうと考えると延び延びになると思います。いまあるものの中でいかにやるかのほうが重要じゃないでしょうか。
私は借り入れしなかったんです。独立前の3年半はお金を使う暇がない生活だったので、貯金がかなりありました。独身でしたし、そうなると自己資金でどうにでもなったんですよね。いまは低金利ですから借り入れて、300万の自己資金と1000万円の借り入れでやればいいのではないでしょうか。
酒井先生:
借りることの効用は、心のゆとりができるんですよね。いくら貯金があってもお金はあって越したことがないし、今後、次を広げていくときに投資をする、広告宣伝する、人を雇う、オフィスを借りるときにお金があって困ることはありません。あるとしたら利払いなのですが、1000万円借りてもタダみたいなもの。借りることで信用ができていくといったこともありますから、そんなにネガティブに考えずに積極的に活用してもいいのではないかと思います。