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法務の世界に広がるブルーオーシャン オンリーワンの法務担当者になるために必要な「マインドセット」(前編)

株式会社SHIFT(東証1部:3697/東京都港区)でゼロから法務部門を立ち上げ、現在責任者を務める照山浩由氏は語る。「社会は新しい法務人材を求めています」。従来のありようから一歩踏み出した、新たな法務の形とはどのようなものなのか。話をお聞きしました。

株式会社SHIFT 経営管理部 法務グループ長 照山浩由さん

「これからの企業法務の話を聴こう」

リーガルテックの導入などを通じて法務業務の効率化を実現した"その先"に、法務部門として何をすべきか、未来に向けて先進的な取り組みを実践されている法務の方に、そのお考えや実践内容についてじっくりお話いただくインタビュー企画です。

これからの企業法務について

職人からビジネスパーソンへの「転換」

ーー照山さんが法務の世界に足を踏み入れたきっかけを教えてください。

照山 浩由氏(以下、照山):
20代の頃、父親から引き継いだ地方の不動産会社を経営していたのですが、不動産という商材を扱う過程で様々なトラブルに直面したことや、経営のあらゆる場面で法律が関ってくることから法律の重要性を身に染みて感じていました。サブプライムローンショックとリーマンショックが立て続けて起こったことで、地方の不動産会社一本でやっていくことに限界を感じ、これを機に「法律をしっかり学ばないといけない」と思い、ロースクールに通うことを決めました。経営について考えたとき、法律というものは絶対に外せないと思ったんですね。

もともとビジネス側にいたものですから、ロースクールで学んだ法律の知識をどう活かそうかと考えたとき、浮かんだのが上場企業で法務の仕事をすることでした。

事業は個人や少人数でやる分にはそれほどでもないのですが、大人数で組織を形成して事業を行っていくとなると、法律の知識が不可欠です。企業としてもその部分を固めることで、事業も組織も大きくできるし、大きくなれば社会的な影響力も広げられ、社会をより良くできる。そう考えたのがきっかけでした。

ーー照山さんの強みの一つとして、自身で企業経営されていた経験がおありですので、決算資料が読める、営業もできるという、複合的なスキルを持った法務パーソンという点が挙げられます。今後の法務人材像を考えたとき、どのような考え方が必要だとお感じですか?

照山:
一言で言うなら「ビジネスパーソンになる」ということかと思います。一般的に、法務パーソンは自社のサービスやビジネス、市場や業界知識を知らなくてもしょうがない、法律に詳しければそれでいいという風潮がある気がするんです。でも、それでは自身の価値は高まらないし、高まらなければ待遇も上がらない。「自身の価値をより高めるために、より価値の高い業務を行う」、そのためには、まず「ビジネスパーソンになる」という考え方が必要だと思っています。

ーー従来の法務人材はビジネスパーソンではないと。

照山:
どちらかというと職人に近いと思うんです。私は哲学が好きなので引用させてもらうと、アダム・スミス(※18世紀の哲学者)が書いた「諸国民の富」という本の冒頭に、こんな話があるんです。

釘を1本1本手作りで作る釘打ち職人がいる。真面目に丁寧に作っているのですが、そこに産業革命が起こって「自動釘制作マシン」が生まれる。イノベーションが起こったわけです。たしかに、職人の作った釘のクオリティは高い。でも機械で作った釘だって使用する分には過不足がない。生産本数は雲泥の差だ。果たして「1本1本丹精込めて打ち込んだ釘」は、社会にとってどれほどの価値があるのか。

これと同じ現象が現在法務を取り巻く世界でも起こりつつあるのではないかと思っています。たとえば、我々の業務に使うことができる新しいテクノロジーやサービスがたくさんありますよね。

株式会社SHIFT 経営管理部 法務グループ長 照山浩由さん

ーー新しいテクノロジーとは、AIを活用したリーガルテックなどですか?

照山:
もっとレベルの低いところも含めてです。法務業務にはExcelでマクロを組んで自動化するといった部分すら未発達だったりします。

法務を担当しているのは法律を学んでこられた方々なので、皆さん頭がいい。でも、知識として「こういうことができる」という技術やテックのことは知ってはいるけど、仕事に使えているかというとまた別なんですね。

アンテナ感度の高い釘打ち職人が、釘を1時間で1000本作る機械があることは知っていても、現実の日々の業務では1本1本を手で作り続けている。そんな印象です。これでは、時代よりも先に、企業から見放されてしまうのではないか?という危機感があります。

ーー職人から脱却してビジネスパーソンになるためには、どのようなマインドセットが必要なんでしょうか。

照山:
まずは自分のお客さんが誰なのかを正確に理解することだと思います。我々のお客さんは裁判所や学会ではなく経営陣であり、仕事を依頼してくれる他部署の同僚なんですよね。ビジネスパーソンなら、まずはお客さんの依頼、ニーズに応えることを第一に考えて仕事をしているはずです。

一番の顧客である経営陣がなにを考えているのかといったら「経営に関するスピードと数字」ですよね。業務の進捗についてのスピードだったり、売上や原価、費用等の数字ですかね。その部分の共通言語を持つ、というのが第一歩かと思います。

経営陣が関心のあるテーマについて同じ姿勢で仕事を進めていくなら、自社のバランスシートは頭に入っていないといけないし、注力している業務やサービスについての知識も必要でしょう。業界内の最新動向や競合他社の情報も掴んでおきたいし、現在進行形で進んでいる業務の進捗も把握しておきたい。興味のベクトルを、裁判所や同業者から自社の経営陣に向けることが必要だと思います。

ーー顧客である経営陣のニーズに応えるとは、「言われたことをやる」ということとはまた違いますよね?

照山:
共通の行動スタンスを持った上で合意を取る、ということですね。依頼された業務をどのようなレベルで納めれば納得してくれるのか。どれくらいのスピード感を求めているのか、聞き出して互いに合意を取って進める。

率直に言って、私が責任者を務めている株式会社SHIFTの法務部門の業務には、まだまだ内容、質ともに解決するべき課題が多く残っていると思っています。しかし、経営陣が現時点で法務部門に求めていることは何か、レベルはどの程度なのかをすり合わせているので、現状では必要十分の仕事を提供できていると思っています。

職人として独りよがりの仕事をしない、ニーズに合わせてプラスアルファを適切にオンして納品する、これを続けているからこそ、SHIFTの法務部門が会社から評価され、メンバーが毎年昇給できているんだと思います。

ーー私も「職人」のひとりですが、ややもするとオーバースペックなものを作りたくなることがあります。

照山:
「世界の○○モデル」のような一級品を作りたくなってしまうんですよね(笑)。だけど、まずはお客さん、我々にとっては会社の経営陣がお客さんなので、彼らが納得してくれるものをどれだけ提供できるのかが第一なんです。

株式会社SHIFT 経営管理部 法務グループ長 照山浩由さん

AIに取って代わられない、新たな法務のスタイル

ーー照山さんは株式会社SHIFTに入社後、ゼロから法務部門を立ち上げていらっしゃいます。このとき経営側からはどのような要望があったのですか?

照山:
法務組織をゼロから作り上げなければならないときに、「どういう法務組織がほしいですか?」ということを役員と話をしたんですね。そうしたらその時点では「圧倒的にスピードだ」と。その上で「抜け漏れがないようにしてくれ」と。法務に仕事を依頼したら、短期でミスなく仕事が回る仕組みを作ってくれという依頼です。

ーーこの経営陣からのニーズという部分は、企業によって異なる点ですね。

照山:
はい、優先順位は各社で違うと思います。どこにフォーカスしていくのか、なにを一番強く求めているのかは細かく折衝して聞き出す必要があります。

ーーニーズを聞き出したあとはなにから手を付けたのですか?

照山:
既存の業務フローを整えるところから始めました。インプットしたら正しいアウトプットが出る、そのフローを整えることからスタートでした。

大きなフローが回りだしたら、次はそのフローを細分化していきます。契約の話、法務相談の話、捺印の話、知財の話……と分かれていく、それぞれの業務において、「こういう場面ならこのレベルで、このようなアウトプットをお出しします。よろしいですか?」と、逐一合意を取りながら、ひたすらスピードアップしてぐるぐる回していく。そういったことを工程ごとに分類して進めました。

これらは毎回毎回、毎月毎月、改善をしていきます。フローが整理されていくので、改善も見える化できます。どの部分で引っかかったのか、どんな要望が上がってきたのか、それらをどう改善したのかを蓄積していくわけです。

ーー明文化して見える化することで、法務の仕事を「数値化」できますね。

照山:
おっしゃるとおりです。この案件は工数がどれくらいかかったのか、改善のためにどれくらいリソースを割いたのか、数字で出します。また、成果を数字で出せますから、評価にも直結していきます。以前の案件ではこうだったね、法務はこの半年でこれくらい変わったね、と数字で見られるようになるんです。

経営陣が判断する根拠は数字ですから、業務が改善した、効率化が図られた、それによって業務範囲が拡大した、精度もこれだけ高まった。これらが数字で出てきたら評価しない理由がないんですね。


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ーー「顧客である経営陣と共通言語を持つ」という言葉の実践ですね。

照山:
一般的に法務担当者のキャリアプランが一定の場所で止まってしまう、法律の専門家という点以上の評価を受けにくい理由のひとつがこの部分だと思うんです。

自身の業務や成果を数値化してプレゼンできないと、結局は経営陣による「鉛筆なめなめ」で評価が決まってしまう。これでは出てきた提示を反論できずに受け入れるほかないし、自分が評価されているにせよ評価されていないにせよ、その根拠がわからなければ、なにより仕事をしていても面白くないんです。

ーー業務を数値化することのメリットとして、効率化しやすくなることが挙げられます。法務の業務を効率化した結果、法務人材の価値が相対的に低下していく危険性はありませんか?

照山:
同様の不安をお持ちの方もいらっしゃいますが、それはないと思います。AIやリーガルテックに対して「自分の仕事を奪ってしまう」という論調もありますが、それも杞憂です。ただし、効率化して空いた時間でより高付加価値の業務を提供する、という考え方にシフトした場合は、という前提の上でですが。

そのようにマインドセットを変えられた場合、そういう法務担当者はまだまだ少ないですから、完全にブルーオーシャンなんです。

法律を知っているというだけでビジネスにとって非常に大きなアドバンテージですよね。どんな企業がどんなサービスを提供するにしても、必ず法律と契約が密接に関係してくる。ヒト・モノ・カネ、あらゆる点においてビジネスはリスクの塊ですから、そのビジネスの中心に法務パーソンが積極的に介入していくと、経営陣や他部署のメンバーと同じ目線で業務を進めることができるようになります。

新しいビジネスをスタートするときには、そこに多くのリーガル・リスクが生じます。プロダクトのリスク、リリースの工程に関するリスク、支払いのリスク、数え切れないほど仕事がある。

ビジネスの下流で待っていて、問題が起きてから対応するのではなく、最前線で走っている人たちと一緒になって法務の仕事をする。「車を走らせながら修理する」イメージでしょうか。そんな法務人材を喜ばない企業なんてありませんよ(笑)。そういう動きは絶対にAIではカバーできないんです。

ーー法務担当者に求められる考え方が変わっていきますね。自ら積極的にビジネスに関与していき、新しい価値を社会に提供していく。これは法務に携わる方々にとっても非常にエキサイティングな変化なのではと感じます。

照山:
もちろん、従来のように言われたことを言われたようにやる、これはこれでひとつの考え方ですし、必要な業務だと思っています。でもそれだけでは、AIやリーガルテックなど、より高品質で正確な技術が出てきた場合、それに置き換えられてしまうと思うんです。

業務のすべてが置き換えられてしまうことはなくても、価格競争は起こってしまう。両者に依頼した際に出てくるアウトプットの質が同じなら、経営陣がコストを安く抑えたいと思うのは自然な発想です。

「先細りしてしまうから」というネガティブな理由ではなく、自ら主体的にビジネス関わっていきサービスや事業を作り上げていくというのは単純に面白いですよ。楽しくて、成果が出て、社会をより良く変えられて、さらに待遇も上がっていく。他にやっている人も少ないので未開拓のブルーオーシャンが広がっていることも見えている。やらない理由がないですよね(笑)。

株式会社SHIFT 経営管理部 法務グループ長 照山浩由さん

ーー従来の法務の業務になにをプラスオンしていくか、無限の可能性がありますね。

照山:
誰も画を描けていませんからね。だからこそ面白いんです。

バランスシートをどこから見たって法律と契約が関わっていますよね。そこに鈍感な経営者はビジネスを続けられないし、続けようとするならば、法的な知識やノウハウは喉から手が出るほど欲しい。でも一緒に走ってくれる法務担当者がいないから、ネームバリューだけで判断して外部の法律事務所に高い顧問料を毎月支払っている。

一緒にビジネスの現場で走ってくれる法務担当者がたくさんいるよとなれば、そういった慣習も変わっていくと思うんです。そういった変化の中で、従来の慣習をただ壊すのではなく、レガシーな部分と良い具合にマージして、新しい法務のスタイルを体現していきたいと思っています。

そうすれば、従来のレガシーだけでやってきた人もハッピーだし、レガシーな慣習の中では評価されなかった人たちもハッピーだし、社会にとってもよい環境を生み出せると感じています。

後編に続く

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