2021年2月19日、総合エンタテインメント企業であるセガサミーホールディングス株式会社 法務知的財産本部 法務部 法務管理課 課長(当時)の東郷伸宏さんをお招きし、「これからの企業法務の話をしよう」と題したオンラインセミナーを開催しました。新たな価値を創造する法務人材になるために必要な考え方について、熱い議論が交わされました。当日の熱気あふれるセミナーの様子をお届けします。
ゲスト:東郷 伸宏 氏
セガサミーホールディングス株式会社
法務知的財産本部 法務知財ソリューション部
リーガルオペレーション課 課長
金融ベンチャー役員を経て、2006年サミー株式会社に入社。以降、総合エンタテインメント企業であるセガサミーグループの法務部門を歴任。上場持株会社、ゲームソフトウェアメーカー、パチンコ・パチスロメーカーのほか、2012年にはフェニックス・シーガイア・リゾート(宮崎県)に赴任。2017年現職。部門の立ち上げから、数十名規模の組織まで、多種多様な法務部門をマネジメントしている。
「これからの企業法務の話をしよう」
リーガルテックの導入などを通じて法務業務の効率化を実現した"その先"に、法務部門として何をすべきか、未来に向けて先進的な取り組みを実践されている法務の方とディスカッションするセミナーです。ゲストと弊社の山本との"未来の企業法務のあり方"に関する議論を通じて、法務部門の組織づくりのヒントをお届けします。
日本経済衰退の原因は「法務にアリ」?
山本 俊(以降、山本):
現在、東郷さんが手掛けている業務の中で、法務として付加価値を発揮できたと感じられた事例についてお聞かせいただけますか?
東郷 伸宏 さん(以降、東郷):
当社の場合、ぶつかった規制を乗り越えたときに新たな価値が生まれます。わかりやすいのはグレーゾーンの解消制度です。当社は規制産業のなかでビジネスを展開しています。そのためこれまでは、規制と戦うことに対する恐怖感やアレルギー、抵抗感があったのですが、最近は他社さんも交えながら、規制に対して「こうすればクリアできるのでは?」と前向きなやり取りを行政とできるようになってきました。
その結果、我々もさまざまな規制に直面したとき、グレーゾーン解消制度を使ってリスクをクリアにしていけるようになりました。今後、さらに多くの企業がチャレンジして規制を少しずつクリアにしていくことで、ビジネスチャンスがより広がっていくのではと実感しています。
山本:
規制を分析して乗り越えていく、これは法務が生み出す新しい価値ですね。
東郷:
おっしゃるとおりです。これまで、法務部門が他部署から相談を受けたとき、法解釈や法規制を理由に「ダメです」と言ってしまったことによって、ビジネスチャンスを潰してしまったり、アイディアを埋没させてしまうことが、たくさんあったのではないかと思っているんです。
これからは、業務の効率化によって空いたリソースで、規制やリスクを乗り越えるサポートをしていくことで、新たな価値・ビジネスを社会に還元できるのではと思っています。
日々の仕事に押しつぶされてしまうと、現状の法規制がどうなっていて、どこに風穴を開けられるのかといった部分の調査にリソースを割きにくくなってしまいます。これからはその部分にいかに投資できるかが、重要になるのではないでしょうか。
また、事業部門から相談を受けるときにも、法律を無視したアイディアだったり、まだまだ練りきれていない段階で話が来ることもありますが、突き返してしまうことがあると思うんですよね。法務も忙しいので、「もうちょっと整理してから持ってきてください」「この辺を練り直してくれないと相談対応できません」と安易に言ってしまいがちなんですけど、むしろそのような「生まれたてのアイディア」にこそ、法務が力を発揮できるチャンスがあるんです。
芽が出たばかりのアイディアに、法務が水をやり、陽を当て、どんどん育てていく作業にいかに関与できるか。そこがこれからの法務が目指していくべき活躍の場なんだろうと感じています。
山本:
大企業の新規事業でもグレーゾーンが注目されてきていますよね。
東郷:
日本企業はこれまで、グレーゾーンに足を踏み入れることを、コンプライアンスの名のもとに極端に避けてしまい、チャンスを潰してきてしまいました。そのような反省を受けて、国も経済産業省などを通じてテコ入れをし始めています。
2019年に話題になった経済産業省のレポートで、「企業法務が原因で日本企業は国際競争で立ち遅れている」と指摘されたのには大変衝撃を受けました。日本企業の停滞の責任は法務にある、と突きつけられてしまったわけなんですけど、たしかに納得できる部分もある。
行政としてコンプライアンスを強く推進した手前、「もっとリスクを取っていいんですよ」「チャレンジしていいんですよ」とはなかなか言えなかった部分もあるのでしょう。その揺り戻しが今起こっているんだろうと思っています。
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法務のマインドセットと環境
山本:
グレーゾーン解消の領域に入っていくと、法務は既存のルールだけでなくビジネスの理解もしなければならないし、世の中の動きのキャッチアップもしなければなりません。それについて、「わかってはいる、けれども、できそうにない」という法務の声も耳にします。
その点について、僕は「意識」がいちばん大事なのではと思っているのですが、それらの業務ができるようになるために、大事なことはなんだと思いますか?
東郷:
意識は当然大事だと思います。その前提に加えて、「教育を受ける場、環境」が自分の周りにあるかが大切だと思っています。
法務部門として、法律しか知らない、自分たちが関わっている事業しか知らないというのでは、通用しなくなってしまうという危機感を持っています。それはおそらく、法務部門だけではなく全スタッフが、所属している部門で必要な専門的な知識や視点だけに頼ってはいられない時代になっているからでもあります。
そこで、いま社会ではこういったことが起こっている、こういったテーマが議論されているということを、メルマガやさまざまな媒体を通じて法務から発信し、他部門の方たちにも知ってもらう取り組みをしていたり、当社全体としても、社員教育の一環として企業内大学を開設して、業務横断的な学びが得られるように環境を用意しています。
山本:
弁護士もそうなのですが、基本的には法務の方々って勉強が好きじゃないですか。法務の勉強は当然のようにやる。ですが、それ以外のところはなかなか自発的には進まない。
GVA法律事務所では以前、ビジネス理解力を高めようという取り組みの一環として、週2回、朝9時半に集まって伸びているIT企業の決算資料を読んだりする勉強会をしていたのですが、そういう取り組みがないと、底上げという意味では難しいのかなと思っています。
東郷:
そうですね。そうした学びを個人の意識に頼っているだけだと、どうしても自発的な勉強の意識が芽生えないまま、なにもインプットしないメンバーが出てきてしまいます。そこは組織として、いかに仕組み、環境、取り組みに落とし込んで、業種横断型に情報をインプットできるような体制を整えるか。法律の勉強だけではなく、違う領域についても学ばないといけないという意識付けをするかが、大事だと考えています。
法務人材を増やすためには
山本:
どの会社でも、法務部門は人手不足が叫ばれています。法務の仕事をしたいと考える人材を増やすには、どうすればいいと思いますか?
東郷:
法務部門に属する我々が、いかに成果を出せるかに尽きるのではないでしょうか。
いわゆるバックオフィスといわれる、人事、総務、ITなどの部署は、昨今の社会的な環境変化に応じて、コロナへの対応や、リモート環境の整備によって会社に貢献できる場面が多かったので、必然的に評価され、新たにリソースも投資されてきました。
しかし、法務はなかなかそういったチャンスに巡り合ってこなかったので、会社に対して大きなリターンを提供できなかったと思うんです。
今後は定常業務の工数を削減して、新しい価値を生み出す仕事にシフトして、会社に成果を認めてもらう。これが好循環となって回っていけば、「法務部門に人材を送り込めば会社へのリターンが増えていく」と認識され、優秀な人材が集まってくるし、法務に行って成長したいという人材も増えてくると思うので、実績をいかに生み出して作り上げていくのかが大事だと感じています。
質疑応答
山本:
参加者の方からコメントが届きました。
「常に法務は人手不足だという話がありましたが、会社にとって適切な法務部門の人数を算出するのは難しいと思います。この点いかがでしょうか?」
東郷:
そうですね。現状の業務を前提としてしまうと、いまと比較して足りる・足りないという議論になってしまいます。そうすると、業務が減ったのなら、人を減らそうという話になるでしょう。
一方で、業務を減らした上で「空いた工数でこのような付加価値を新たに提供するので、これだけの人数が必要です」と提案することもできるわけです。
法務部門にどれだけ付加価値の高い仕事があるのか、というところ次第で、人手が足りるのか足りないのかが決まるのではないかと思います。
山本:
たしかに、法務部がなにをやるかというところで、いままでと同じ業務しかやりませんというのでは、「リーガルテックなどで工数が削減されたら連動して人も削減ですね」と言われてしまって、チームは小さくなっていきますよね。
東郷:
そこがリーガルテックを導入する会社にとってのジレンマなんです。効率化を叫んでおきながら、本音では効率化に抵抗している部分がある。これは、生産性が上がってしまうと自分たちの居場所がなくなってしまうのではないかという恐怖感があるからです。
しかし本当は恐れることではなく、業務が効率化されたのなら別の仕事をすればいいじゃないと、いうことなんですよね。新しい仕事を生み出していくという方向に発想をシフトしていくことで、法務の人数も見合った形で獲得できるのではないでしょうか。
また、リソース獲得というのは戦いですから、指をくわえて待っていれば会社が人を送り込んでくれるかと言ったらそんなことはありません。積極的に自分たちの価値・成果を経営陣にアピールして、いかに認めてもらうのかという発想も大事なのではないかと思います。
山本:
僕もいま、自分で事業会社を経営してみて思いますね。各部門のプレゼン次第でリソース配分の決断は変わりますもんね。
東郷:
どちらか一方を選ばなければならないとなれば、より付加価値が高い方にベットするのは当然です。同じ社内の話とはいえ、横の部門同士での戦いはあると思いますし、法務部門はその戦いに打ち勝たないといけないと思います。
まとめ「これからの法務に必要なのはリスクテイクの視点」
山本:
最後に、今日のテーマでもある「法務のDXの先の業務」という点について、総括またはメッセージをお願いします。
東郷:
特に強く思っているのは、これからの法務に必要なのは「リスクテイク」の視点だと思っています。日本の企業の法務は皆さん真面目で、しっかりと会社を守るというところに力を注いで頑張ってきたと思うのですが、過剰なまでにノーリスク、ゼロリスクを求めすぎてしまったがゆえに、ビジネスチャンスを潰してきてしまった点は反省しなければならないのではと思っています。
反対に、これからはチャンスが非常に広がっていきます。そこに法務が積極的に関与して、会社をより大きく発展させていく原動力になれるのではないかと思っているので、皆さんも自社の発展の中心に飛び込んでいってもらいたいなと思いますし、企業法務の中でさまざまな交流や議論を深めていくことでお互いに成長の発展に貢献してく場を作れればいいなと思っています。
山本:
本日はありがとうございました。
本セミナーを通じて、平日のランチタイムにお集まりいただいた意欲あふれる法務担当者様に、これからの気づきがあれば大変幸いです。