2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大はビジネスに多大な影響を与えました。そのうちの一つが「働き方の変化」でしょう。インターネット関連企業を筆頭に、これまでは出社一辺倒だった業界でもオフィスワーカーのテレワーク・リモートワーク化が急速に進みました。
当初はマーケティングやセールス、プロダクト開発といった部門から始まり、現在はテレワーク・リモートワーク化があまり想定されていなかったバックオフィス部門にもだいぶ浸透しています。経理はもちろん、人事や採用・総務部門でも、テレワークを前提にした業務体制の構築は必須になったといえるでしょう。
特に法務部門は、緊急事態宣言下でも「押印のために担当が出社している」とメディアでも報じられたこともあり、リーガルテックの導入による業務のデジタル化が急ピッチで進んでいる部門かもしれません。リーガルテックにおけるサービスカテゴリは、電子契約締結を筆頭に細分化されつつありますが、取り沙汰されるカテゴリのなかでニーズが高いのが「AI契約書レビュー支援」の分野です。
従来の契約書レビューは、企業の法務部門の担当者がまず最初にチェックし、自分の頭にあるノウハウや過去に締結した契約を基にして元に、リスク箇所を判断・修正するというプロセスを経ていました。このプロセスを、AIを活用したSaaS形式のサービスで効率化するのがAI契約書レビュー支援サービスの役割で
本記事では「AI契約書レビュー支援サービス」について、用語の解説から従来の手法との違い、できること(メリット)やできないことを整理してご紹介します。
目次
AIによる契約書レビュー支援とは
「AI契約書レビュー」という単語を直接解釈するとしたら、「AIを活用することによって効率化された契約書レビュー業務」でしょうか。
契約書審査業務にAIを活用する方法はいくつかのアプローチがありますが、最も多いのが契約書レビュー支援に特化したSaaS形式のサービスを活用する方法です。そのため、このようなサービスカテゴリ自体を「AI契約書レビュー支援」と呼んだりもします。
ただ「AI」というキーワードに対する過度な期待がまだある現状において、AI契約書レビュー支援は「AIが契約書全体を読みとり、内容を理解して、自分たちにリスクがないかを事細かに判定してくれる」というイメージをお持ちかもしれませんが、自然言語の意味解釈をAIが契約レベルで判断できる状況ではまだないのが現状です。
それでは、契約書レビュー支援業務においてAIがどのようにワークしているのか、2つの観点から整理してみましょう。
契約書レビュー業務のどこにAIが活用されているか
AI契約書レビュー支援サービスのAIは、大きく2つの点で活用されます。
条文ごとのリスクを判定する
「AI契約書レビュー」と聞いてイメージされやすいのはこの使われ方です。レビュー対象の契約書ファイルをアップロードすると、条文ごとに有利不利、修正例の提示、不足している条文を指摘してくれる機能を一般的に具備しています。
一見するとわかりやすいアウトプットが特長として取り上げられますが、契約締結の背景や前後関係、当事者の立場、その会社ならではの基準(どこまでのリスクなら許容できるかなど)をサービスの判定に反映することは原則としてできません。これは、有利不利などリスク判定の基準が「サービス側で用意したデータ」を前提にしているためです。
法務に関するノウハウが社内に蓄積されていなかったり、専任の法務担当者がいない企業で、とにかく最低限のチェックはしておきたい、時間をかけずにチェックしておきたい、というニーズの企業にこの機能は適していると思われます。契約書を全くチェックせずに丸呑みすることはないでしょうけれど、内容理解をアシストしてくれることでリスク抑止につながるため、ご利用される方の契約書レビューに対する切実度によっては十分活用できるでしょう。
条文単位のマッチングや比較
条文のリスク判定はせず、ある条文に対して、類似する条文や参考にすべき条文を提示する機能です。あらかじめ自社の契約書ひな型や過去の契約書、参考にすべき条文集やチェックポイントをサービスに登録しておくことで、契約書レビュー時に注意すべき点をサービスが提起する、という使い方です。
「リスクを判定してくれないのに本当に使えるのか?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、法務ノウハウが蓄積されている企業や、自社ならではの契約書の判定基準を定義している組織においては、この機能を使うことでレビュー時に必要な視点や契約条文の修正を効率的に行うことができます。
契約書レビュー時に参考にする条文は、参考文献や過去の契約書データ、製本済みの紙の契約書、上司や社内の知っていそうな人に聞く、という方法で今まで検索されてきており、時間がどうしてもかかってしまうものでした。その検索行為を圧倒的に効率化できることがメリットです。そのため、法務部や法律事務所で使用頻度の高いWordアドイン形式で動作するサービスもあります。
会社の規模が大きくなるほど、取引金額が高額になるほど、契約書のレビュー品質は業務にクリティカルに影響します。それら企業において最大限好ましい契約条件で締結するためにこの機能を具備するサービスが用いられています。
もちろん、上記以外にもAIが大きく関与する機能はありますが、まずは自社の契約書レビュー業務が上記2つのどちらに該当するか、という観点でサービス検討をするのも、一つのアプローチ方法です。
AI契約書レビュー支援サービスの主な機能
では、AI契約書レビュー支援サービスにはどんな機能があるのでしょうか。大きく5つに分けて紹介します。
契約書ひな型との比較
レビュー対象の契約書データと、あらかじめ保存しておいた契約書ひな型を比較します。これにより、契約書全体を俯瞰して不足もしくは不要な条文がないか、細かい精査が必要な条文はないかなど、精査することをサポートします。
リスク判定
サービスが設定した判定基準に従い、条文ごとのリスク度合いやリスク可能性の有無を判定、提示します。サービスによっては、リスクだけでなく修正例の提示までできるものもあります。
削除や要検討項目の指摘
リスク度が高いため、相手からきた契約書ひな型に入っていたらしっかり削除しておきたい条文などをあらかじめ設定しておくことで、それを含む契約書に対してアラートを出すことができます。含まれるキーワードだけで検索するものもあれば、近い条文であれば検知できるものもあります。削除対象だけでなく、修正や深い検討が必要な条文に対してもアラートが可能です。
条文検索機能
保存しておいた契約書ひな型から条文を分割して保存し、検索できる機能です。「ここの条文、過去の契約ではどう書いていたかな?」というときにすぐ検索して、保存しているひな型を参考にしたりそのまま反映することができます。自社の契約にとって理想的な条文や、前提ごとに異なる条文を複数設定しておくことで、過去の契約書から条文を探す手間を省くことができます。Wordアドイン形式で動作することで、より便利に使える機能です。
条項番号のずれなど形式面のチェック
条項番号のズレや不足、締結日の記載忘れなど、契約書の形式面の不備チェックをする機能です。
すべてのAI契約書レビュー支援のサービスが上記5つの機能を持っているわけではありませんが、これら5つの機能のどれかをコア機能としていることが多いようです。
AI契約書レビュー支援サービスでできること、できないこと
ここまででご紹介したように、一見万能にも思えるAI契約書レビュー支援サービスは実際のところできることとできないことが明確に分かれます。その強み(メリット)と弱みを3つずつに整理しました。自社の業務効率化に貢献できるか、見極める際の参考にしてください。
AI契約書レビュー支援でできること(メリット)
専門的な知識がなかったり、経験の浅いメンバーでも一定のクオリティでレビューできる
法務部員の中でもその知識やスキルには差があります。受領した契約書をまず最初は事業部側でレビューする企業では、現場担当者と法務担当者とのスキル差も考慮する必要があります。
従来の契約書レビュー業務はその高度な専門性からどうしても属人的にならざるを得なくなり、会社として契約締結時のリスクヘッジ度合いを統一するためには、複数のスタッフによるチェックが一般的でした。
AI契約書レビューでは、サービスに設定された基準やあらかじめ設定した条文やアドバイスなどのデータにより、誰がレビューをしても一定レベルのアウトプットがしやすくなると言えます。
調査や確認にかける時間を短縮できる
参考文献や過去に締結した類似の契約書をチェックするなど、契約レビューに関連する調査を効率的に行うことができます。特にWordのアドイン形式で動作するサービスでは、同一画面内で参考にすべきデータをすべて表示できることから、フォルダ間を行き来したりしなくてすむため、地味ですが確実に時間の削減が可能になります。
クオリティや基準を統一できる
AI契約書レビューサービス内のリスク判定基準や、自社のレビュー基準の設定は一度設定したら同じ基準で動作します。人がレビューする場合は、誰がやるか、どのタイミングでやるか、などによってもアウトプットにぶれが出る可能性があります。これを最小限に抑えられます。
また、基準の統一の先には自社のレビュー基準の体系化やルールブック化(プレイブックとも呼ばれます)を通じて、受領した契約書をただレビューするだけでない戦略的な法務体制の構築も可能です。
AI契約書レビュー支援ではできないこと
ビジネス上の判断や契約背景の理解はできない
契約書にはその文面だけではわからない事情が存在します。
- 業界の慣習やビジネスモデルの理解
- 資本関係があるのか、会社間の力関係の理解
- 新規の取引か、十分信頼関係のある企業なのか
これらによって締結される内容は当然影響されます。ただしこれら事情を踏まえることは現在のAI契約書レビューサービスではまだ難しいでしょう。
自社ならではの基準に応じた判断
ある条件に対して、許容できる/できないの判断は企業ごとに異なる場合があります。各社ごとの基準を踏まえたレビューは今のところは難しいでしょう。この2つの弱みはAI契約書レビューに限らずAI自体の特性ともいえます。
ただし、AI契約書レビューサービスの中には、注意すべき条文と自社ルールやアドバイスをあらかじめセットアップすることで、最後の判断は人がする前提でどこまで効率化できるかという思想のサービスも増えてきています。
必ず最後は人間の目でチェックが必要になる
AIといえども万能ではないのと、文章や文言修正を自動で間違いなく行う仕組みはまだ難しいので、最後は人間のチェックが必要になります。
以上、お読みいただいて分かる通り、契約書レビューをAIで支援するというのは「人の業務をまるごとAIで代替する」ものではなく、あくまで「法務担当者の業務を上手にサポートする」ものです。サービスでできること/できないことをきちんと理解して、自社のレビュー業務をどう再構築していくかどうかが、リーガルテック活用のために重要なポイントになります。
法務テレワーク化に備えて検討したいAI契約書レビュー支援ツール6選
それでは、契約書審査業務のテレワーク・リモートワーク化と相性のいいサービスを6つ、ピックアップして紹介します。
GVA assist (GVA TECH株式会社)[PR]
本Webサイト運営元のGVA TECH株式会社が提供する、AI契約書チェック支援サービスです。「自社の法務基準を活かせる」点が特徴で、これまで蓄積してきた自社の法務の知見、契約書ノウハウをAIに集約し、契約書チェック業務の効率化を支援します。
主な機能
- 自社の契約書ひな型と、条文ごとの注意点やノウハウ、契約審査の社内マニュアル等をGVA assist に登録することで、自社独自の基準で、契約書内の不足条項や削除箇所をAIがピックアップ
- 各種契約書をひな型としてプリセットすることで、契約書ノウハウやテンプレートがない企業でも、AIによる契約書審査の効率化を利用できる
- Microsoft Wordのアドインとして利用可能なので、使い慣れたWord上で利用できる
- 弁護士や法務経験のあるコンサルタントによる導入支援サービス
- 法務部メンバー間でノウハウを言語化し、サービスを通じて共有することで、自社の法務力を底上げできる
LAWGUE(株式会社日本法務システム研究所様)
エディタ型のUIで、今までWordやメール等で行っていた契約書関連の作業を一つのサービスで完結するというコンセプトのサービスです。オンラインエディタおよび、頻出条項の保存と契約書内での利用がメインの機能です。また、契約書の作成だけでなく、レビューや共有、管理までプロセスすべてカバーできます。
主な機能
- Word形式の契約書ファイルをドラッグ&ドロップすると条項ごとに分割して取り込める
- 分割した条項ごとに関係者間でコミュニケーションができる
- エディタで条番号変更やインデント修正、書式揺れ訂正などの作業を自動で処理できる
- チームメンバーごとの変更履歴や作業した契約書が確認できる
リーガルフォース(株式会社LegalForce様)
契約書ファイルをアップロードし類型や締結する立場を指定すると、AIが不利な条文や不足条文を指摘してくれます。AIによるレビューと担当者のチェックにより、人が作業することによる見落としの不安を解消します。経験の浅いスタッフが多い法務部門でも一定の水準でのレビューを短時間で行えます。
主な機能
- 契約書類型や立場を指定すると不利な条文や不足条文を指摘
- 自社の契約書をデータベース化し条文を検索できる
- 各種契約書がひな形として用意されているため、契約書データがない企業でも利用できる
- 英文契約書のレビュー支援に対応
- Microsoft Wordのアドインとして利用可能(使い慣れたWord上で利用できる)
- OCRによる読み取りに対応
り〜が〜るチェック(株式会社リセ様)
高度な法律知識がなくても契約書のレビューや作成ができる、AIによる法務サポートのサービスです。不足条項や不利な条文を指摘、代替案まで提示します。英文契約書にも対応しており、一人法務などリソースの少ない組織の業務軽減を支援します。
主な機能
- 契約書に内在するリスクを、立場に合わせて洗い出し変更文案を提示
- 自社の契約書ひな形を登録。条文ごとに注意点を登録し、自社の法務ノウハウを共有できる
- 自社の締結済み契約書をコメントをつけて保存、PCがあればどこからでも検索で取り出せる
LegalSifter(LegalSifter社様)
英文契約書向けのレビュー支援ツールです。WordやPDF形式の英文契約書ファイルをアップロードすると、注意すべきポイントや見落とし項目がないかをチェックリスト形式で表示。その情報を参考にそのまま契約書の修正を行えます。海外取引の契約書で起こりがちな、ひと目ではわからない条件や、関係者が多いことによる契約書の複雑化といった問題を解決できます。
主な機能
- ビジネス、リーガル両面から検討すべき項目の指摘
- 利用企業のオリジナルの審査基準(損害賠償の上限や解約条件などのルール。プレイブックとも呼ぶ)の設定も有償で支援が受けられる
LawFlow(LawFlow株式会社)
元裁判官が監修した、無料から使える契約書レビュー支援ツールです。契約書ファイルをアップすると契約書ごとの条項の不足や注意点を指摘します。自社の契約書データをひな型として登録することで、よく使う条文をもとに比較することができます。
主な機能
- 契約書内の不足条項や差分のある条項を指摘
- 自社の契約書ファイルをひな型として登録してレビューできる
- ガイドに従って必要な情報を入力するだけで契約書作成ができる
- OCRによる読み取りに対応
おわりに
この数年で増えてきたリーガルテックの各サービスも、SaaS市場全体でみればまだまだ黎明期です。そのカテゴリの一つであるAI契約書レビューサービスならなおさらで、「AI契約書レビュー」という名称から「万能さ」を感じとられて導入前の期待値がとても高くなっている面もあります。
しかし、テレワーク・リモートワークの普及、大企業を中心としたDXの推進、働き方改革の流れ、世界的なリーガルテックの潮流といったトレンドを踏まえると、「このサービスは自社にとってどのようなプラスの影響を生み出してくれるか」をしっかりと見極め、取り入れる姿勢は、法務部門にとって今後重要なスキルにもなりえます。
まずは本記事でAI契約書レビュー支援の現状をご理解いただき、自社の経営課題に対してリーガル面からどんなアプローチができるか、検討のきっかけになれば幸いです。
※本記事に掲載している情報は記事更新時点の情報になります。