GVA assistは、テクノロジーで契約業務に関する課題解決を目指すだけでなく、弁護士の先生方向けのセミナーも随時開催しています。
本セミナーは、税務訴訟の分野で日本を代表する法律事務所である鳥飼総合法律事務所で、長年税務訴訟に取り組み、多くの画期的な判決を獲得した木山泰嗣先生(青山学院大学法学部教授・弁護士)をお招きし、「訴訟対策」をテーマとして、GVA TECH株式会社代表の山本俊との対談形式で行われました。
勝訴率10%以下という難しい税務訴訟を勝ち抜くために、木山先生はどのようなマインドセットで臨み、どのように準備をしてこられたか。民事、家事、刑事を問わず広く訴訟実務に携わる先生方の参考になるでしょう。
木山 泰嗣 教授
青山学院大学法学部教授・弁護士
2001年旧司法試験合格。2003年弁護士登録(第二東京弁護士会)。
2003年10月から鳥飼総合法律事務所に所属し、ストック・オプション訴訟などの税務訴訟を扱った(2014年1月~2015年3月はパートナー,2015年4月以降は客員)。2015年4月から現職(青山学院大学法学部教授)。2016年4月から同大学大学院法学研究科ビジネス法務専攻主任。
専門は税法。著者は単著のみで64冊。
伝説の「勝訴研究会」はどうやって始まった?
山本:
ありがとうございました。それでは次のテーマに移りたいと思います。鳥飼総合法律事務所の「勝訴研究会」はどのような経緯で始まったのですか?私が入所したときには勝訴研究会は当たり前のように行われていました。
木山:
私も詳細な経緯までは覚えていないのですが、私自身はこの研究会が立ち上がる前に、「税務訴訟はどうやったら勝てるのかな」と自分で研究していたんです。
税務訴訟の勝訴率はかなり低く、平均すると勝率は10%あるかないかです。これには一部認容、一部取消しも含まれているので、9割以上は負ける訴訟なんです。とはいえ、勝訴して確定した判決もそれなりの数あるわけです。私も新人弁護士時代の訴訟は税務訴訟から入っていますので、「どうやったら勝てるのかな」ということに思いが至ったんです。
司法試験の勉強にさかのぼって考えると、どうやったら合格できるかは、合格者の再現答案を分析する、合格した人の話を聞く、といった方法が私の場合は効果的でした。その発想を活かすとすれば、実際に弁護士が担当して勝訴した税務訴訟の訴訟記録を見ればいいんじゃないか、と考えたんです。
民事訴訟法上、訴訟記録は基本的に誰でも閲覧できるじゃないですか。裁判所に行って当時勝訴していた有名な事件の訴訟記録を終日、10時から17時まで延々と裁判官室で閲覧していました。
裁判官室で閲覧しているとなぜか裁判官の気持ちになるんですね。資料には甲号証、乙号証もありますし主張書面もあります。税務訴訟は訟務検事が手掛けているので、国側の書面には誤字脱字が皆無なんです。読み合わせもやっているぐらいなので、かなり組織だって訴訟を構成しています。
一見すると国側の主張のほうに説得力を感じるのですが、納税者が勝った事件の訴訟記録を見ていたら、納税者側の弁護士が作成した主張のほうが、圧倒的に説得力があったんです。そこで、どのように書面を書いたら裁判官を説得できるのか、というのを個人的に研究しようと考えました。
その調査結果を、税務訴訟を担当していた先輩弁護士や鳥飼先生に私が報告したのかもしれませんね。そうしたら、せっかくだから分担してやろうじゃないかと。終日資料を閲覧し続けるのは、私もひとりだと限界があったので、他の先生方にも裁判所に行ってもらって、方法論を研究してきて報告してもらう、それを共有していった。
つまりはいろんな弁護士のやり方を所内で研究したということですね。
山本:
なるほど、完全に木山先生スタートだったんですね。
木山:
そうだった気がします。
山本:
あのころの木山先生は、東亰にない記録の場合、地方まで調べに行っていましたね。
木山:
はい、大阪まで行ったことがあります。大阪地裁まで行って日帰りで帰ってきたと思うのですが、それこそ10時から17時まで、大阪で有名な法律事務所の先生が担当され勝訴した案件を調べました。いまでも記憶に焼き付いていますが、すごいなと思いました。
特定の弁護士の書面だけを見るということはせず、いろいろな代理人の方の書面を見ていました。やり方は本当に多種多様なのですが、閲覧室で公平な立場から記録を眺めたときに、勝訴している書面からは「納税者の主張のほうが圧倒的に説得力がある」と感じることができました。
つまり、勝訴する方法はひとつではない。短い書面で勝負している先生もいれば、国側の長い書面に対抗するように、国の倍以上の長い書面をわざわざ書く弁護士もいました。量の大小に関わらず、説得力は共通していました。
山本:
僕が出ていた勝訴研究会では、証拠の数が多いほうが勝っている、という結論が多かった印象です。
木山:
そうでしたね。私はそれを「2倍の法則」と呼んでいます。私が見る限り、課税庁側の証拠は税務証拠でも収集していますし、課税処分の適法性を訟務検事は維持しないといけないので、たくさん証拠を出すんです。そういう意味で、同じくらいの量とか半分の量の証拠では太刀打ちできないという力関係があります。
あとは、先ほど話したとおり法解釈が争われるので、学者の文献や国語辞典、文献や判例もどんどん出していきます。当時、ほぼ納税者が勝った事件は、国側の出した証拠より2倍くらいは証拠の数があったんです。そこで私が「2倍の法則」と名付けたら「また木山が変なことを言っているな」という反応だったのですが、見た限りはそうだったのは事実なんです。
山本:
意見書の派閥に分かれての大論争もありましたね。
木山:
話題を呼んだ訴訟で、専門家の意見も対立し、意見書合戦になった大型訴訟もありました。条例の無効が争われた裁判だったのですが、憲法の「判例百選」にも「租税判例百選」にも載っています。その事件では、両方の立場から意見書が出てくるということもありましたね。そういう意味で、意見書も重要になってくるのが税務訴訟かもしれませんね。
山本:
租税法の先生のみならず、行政法の先生も含めてもう総動員という感じでしたね。
木山:
ストックオプション訴訟も似たようなところがありました。一時所得説と給与所得説でさまざまな学者の意見書が出ましたね。
文字のハイライトやピンクを使った書面はアリ?
山本:
次のテーマにいきましょう。勝訴研究会の準備のために、どのような観点で記録を見て、どのような観点でまとめたのですか?
木山:
普通、訴訟記録を勝訴研究のために読まれる方ってあまりいないと思いますし、本来の読まれ方ではないと思います。
私の場合、税務訴訟で納税者が勝訴した判決は、どういうふうに主張・立証がなされているのか、というところに軸足をおいて読んでいました。内容的にどんなことが書かれているか、といったいわば知識習得のために行ったわけではありませんので、まず見たのは証拠説明書ですね。どんな証拠が出ているのか。
そして、裁判官の講演や研修、元最高裁判事の講演もできる限り聞きに行って、いろんな方のお話を聞きました。行政部の税務訴訟などを手掛けていたとある裁判長が辞めるときに講演をされていて、裁判官の方なので抑制的に話すのですが、本音が出たりするんですね。
皆さんよくおっしゃっていたのが「証拠説明書の書き方がすごく大事だ」ということでした。弁護士からすると証拠説明書というのは面倒くさい。証拠を出したんだからあとは形式的な事務作業、というイメージが当時あったのですが、「立証趣旨をしっかり書いてください」と、税務訴訟をやっていた裁判長が皆さん言っていたんですよ。
彼らは証拠を出されても、それをどう見ればよいのかがわからない。だから、立証趣旨に出した証拠にはこういう意味があって、こういう読み方を我々はしているんだ、ということをしっかり説明してください、我々はそこを見るんです、と一貫してさまざまな裁判官が言っていました。それが頭にあったので、それに習って、裁判官のつもりで証拠説明書、どんな証拠が出ているのかを見ていました。皆さんわかりやすく詳しく説明されていましたね。
あとは、納税者が勝っている訴訟は的確な証拠をたくさん出しています。また、勝訴した書面では、証拠の見方を証拠説明書に書いているだけではなくて、主張書面の中に証拠が引用されていました。甲31とか甲10とただ書いてあるだけではなく、それはどんな証拠で、その証拠にはどんなことが記載されていて、ということが引用されているんです。証拠の読み方まで主張書面に全部書いてあるんですよね。主張書面だけを読めば裁判官の頭に全部入る。1本の書面で用語解説も全部丁寧にされている方もいらっしゃいました。
裁判官は税法の専門家ではありませんので、行政部の裁判官といえども、初めて見る税法の条文や初めて探さなければならない税法の判例もあると思います。課税実務もわからないし、事実関係を見ても業界の専門用語や慣習といった事実関係もわからないじゃないですか。私たちもわからないけれども、依頼者などからいろいろ聞いて理解して、それを陳述書などにまとめて出すのですね。その仕組みを明快に図式化して説明したりしていました。
通常は課税庁側がそのあたりは上手なんです。課税庁側は書面で課税逃れであるとか租税回避であるなどと、自分たちの主張に引きつける印象操作をします。それに対して納税者側は、この取引には合理性がある、この業界ではそれが当たり前なんだと、胡散臭さを正面から排除するようなことを主張書面の中でしっかり書きつつ、その証拠もきちんと出す。
私はそのあたりを吸収しようと思って見ていました。そういうところにそれぞれの弁護士の工夫があったと思います。
山本:
木山先生の書面だったと思うのですが、ハイライトや表があったりして、見たことのない形式で書かれていた覚えがあります。
木山:
ある上場企業の訴訟で、それまで蓄積した成果をぶつけてみようと思いまして、色を使ったり、ピンク色を使ったり、強調するところに線を引いたり、図を入れたり、まとめを図表で入れたり、そういうことを実験的にやってみました。
昔は裁判官から取ったアンケート結果が数年おきに公開されていて、書面は何ページくらいが妥当ですかとか、下線を引いたりゴシックをつけるのはどうですか? という質問に対して「基本的にはそういう余計な装飾はいらない」という方が多かったんです。でも、それは職業裁判官としての建前なはずだと考えていました。
そのアンケートは通常の民事訴訟が想定されているので、そんなところで色が出てきたり下線が出てきても、裁判官はプロなので「余計なお世話だよ、オレたち詳しいよ」と思われてしまい逆効果だと思うんです。一方で、税務訴訟や行政訴訟は、お互いに先例のない未知の分野を手探りで進めていきます。納税者も主張して課税庁も主張して、三者一体になって判例を作り上げていくわけです。
一審が出て学者から批判されたりすると、また別の角度で控訴審を作り上げて、最高裁まで行ってひとつの法解釈が形成される、そういう特殊な訴訟なので、私が工夫した書面は、行政部の裁判官には、良い印象を与えたようです。
実際に法廷でも、毎回裁判官が楽しみな感じで来てくださっていたんです。ニコニコしながら入ってきて、「今日も原告の書面は気合が入っていますね」と率直に感想を言ってくれて、その好印象が最初からあったので、ピンクは嫌がられていないなと。そういう感触を持ちながら進めました。
でも権威の象徴かのようなかたいイメージが強い、東京高裁の裁判官などになると、ピンクはちょっと嫌がられるかもしれないと思い、書き方を変えたりもしました。
山本:
そこまでやるんですね。裁判官の立場になるのが基本というか大事なんですね。
木山:
はい、そう考えています。ですが、民事訴訟で税理士の損害賠償請求訴訟、いわゆる税賠といわれるもので、税務訴訟ではないけれども税法が関連する不法行為に基づく、あるいは債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を通常の民事部でやったときに、それまでと同じ感覚で出したら、裁判長から「判例の収集や文献の収集は我々裁判官の役目ですので、原告代理人は一所懸命やられていますがそれはいりません」と言われてしまいました。
山本:
そういう反応もあったんですね。類型による違いがあるんでしょうかね。
木山:
そうだと思います。ですが、出したものが却下されることはありませんので、私はそれも建前だと思っていたんです。本当に裁判官がその凡例を気づいてくれるかはわからないわけですからね。
そのとき私は「その点は十分承知していますが、参考資料としてお出しさせていただきました」と裁判長に申し上げたのですが、「それはありがとうございました」という感じでしたので、それ以降もできるだけ情報提供という形にしていくことは意識してやっていました。
大切なのは「証拠をしっかり出すこと」
山本:
質問が来ているので読み上げます。
「もし特に、この先生の書面はすごいという先生がいたら教えてください」
木山:
これは本にも書いていることですし、先生とも面識があるので名前を出しても問題がないと思いますが、一票の格差で訴訟活動を行われている升永英俊先生ですね。もともと特許の訴訟などをやられて、当時は税務訴訟でさまざま勝っていらしたのですが、税務訴訟に限らず青色発光ダイオード訴訟といったさまざまな分野で判例になかったびっくりするような結果を出される凄腕の弁護士です。
私も少しだけお仕事をご一緒したことがあったのですが、ものすごい考え方ですよね。訴訟の戦略なども。書面もものすごく工夫して、それこそゴシックとか下線とか使って作るんです。
いまでも年賀状で選挙訴訟の資料が弁護士の方は多く届くかもしれませんが、そこでも読むとなるほど楽しいなって。それだけ読むと説得されてしまうような言葉の選び方をしていたり、適切な証拠選びだったりと、訴訟の天才だと思います。言葉選びも含めて。
山本:
ご回答ありがとうございました。もうひとつ質問が来ています。
「書面について家事でも同様なアプローチはできそうでしょうか」
木山:
家事事件は私あまりやったことがないのでわかりません。私が弁護士時代に担当してきた訴訟の8割〜9割は税務訴訟だったので、行政訴訟としての税務訴訟を例にしてのお話になってしまうのですが、訴訟のやり方で私が最初に影響を受けたのが修習生のころでした。
司法修習生のときは、横浜にあったあるアットホームな事務所で修習させていただいたのですが、その先生はどんな訴訟でもどんな事件でも手掛ける先生でした。医療過誤、医療訴訟に力を入れてやっておられて、難しいんですよね。よくわからない薬の名前が出てきたり、手術とか医学的な知見がわからないと理解できない。そういう証拠がたくさん出てきている訴訟を、ちょうど私が修習をやっていた3ヵ月目のときに最終準備書面を出して修習を終えたんです。
最終準備書面の起案をさせていただいたり、意見書をいただくのに有名な大きい病院の麻酔科医の先生のもとへ通ったりといったお手伝いをさせていただきました。その後、弁護士になって1年半くらい経ってから「木山くん、勝ったよ」と電話がかかってきて、判決を送ってくださったんです。
その先生から「訴訟では一つ一つしっかり証拠を出して裁判官を説得するんだよ」ということを叩き込まれたんですよね。弁護士になってからの主戦場は税務訴訟だったのですが、この考え方はいろんな訴訟に共通するものになっているのではないかと思うんです。
特に難解な訴訟というか立証が重要になるものであれば家事事件でもそうだと思いますし、通常訴訟でも未知の論点とか、まだ最高裁判例がない論点もあると思うので、そういうときには説得力があるのではないかと思います。
山本:
ありがとうございます。また質問がきました。
「訴訟がテーマということで、尋問の方法の研究の仕方を教えてください」
木山:
尋問は、難しいですね。尋問についてはそんなに研究していないんです。なぜなら税務訴訟においては実は尋問がされないで終わる訴訟が多かったからです。事実認定そのものよりも法解釈で争われることが多かったので、尋問はやらずに終わる訴訟が多く、私は尋問の部分はそんなに研究するということはなかったんです。
なので、一般的に尋問の技術として言われているようなやり方レベルしか私ではお答えできることはないんですが、私はいつも「裁判官の方がどう見ているか」を念頭に置いていました。
税務訴訟以外の民事訴訟をやる機会もあったので、尋問自体はたくさんやりましたが、裁判官の方はあまり尋問を重視していません。修習時代によく裁判官に質問しましたし、尋問にどう臨んでいるのかなと観察もしていたのですが、「尋問が功を奏して訴訟の結果に結びつく例って少ないよね」と裁判官がよくおっしゃっていたのが印象に残っています。だってみんな一方に有利なことを言うよね、というところですよね。
修習時代、裁判官の方から毎日さまざまなことを教わりますよね。企業法務をやられていたある先生による尋問が始まる前に「この先生は尋問がうまいからよく見ておくといいよ」と裁判官に言われたんです。その先生の尋問技術はすごく勉強にというか、私の基礎になりました。
具体的には、証拠を一つ一つ丁寧に示して、その重要な証拠との関係で尋問すべき事項を裁判官に分かるように特定しながら、かつ迅速に必要最小限度のものをどんどん進めていくやり方でした。
山本:
全部証拠をベースに進めていく感じですか。
木山:
はい、やはり証拠が大事です。客観証拠との関係でどう見せていくかを裁判官は重視しているので、客観証拠との関連で立証を重ねていくことが大事なのかなと思います。
(後編に続く)