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企業への提案力を高めるEAPの仕組みとメリットを学ぶ(後編)

GVA assistは、テクノロジーで契約業務に関する課題解決を目指すだけでなく、弁護士・法務パーソン向けのセミナーも随時開催しています。

本セミナーでは、一般社団法人弁護士EAP協会に所属してEAPの取り組みを推進している3人の弁護士を講師に招き、弁護士がEAPを提供するメリット、EAPを企業が導入するメリットを中心に、ご自身の体験談をお話しいただきました。

EAPとは「Employee Assistance Program」の略。医師やカウンセラーと弁護士が協働し、企業で働く従業員の環境調整を行う取り組みです。EAPを提供することで「顧問先が増えた」「顧問の継続契約が増えた」と語る3人の弁護士。そのポイントはどこにあるのでしょうか。前後編のレポートでお届けします。


伊藤 一星 弁護士 弁護士法人宇都宮東法律事務所 代表弁護士

伊藤 一星 弁護士
弁護士法人宇都宮東法律事務所 代表弁護士

栃木県宇都宮市で弁護士7名・事務局14名の法律事務所を運営。地域の中小企業の法律顧問業務及び一般民事案件を広く手がける。
船井総合研究所の2021年法律事務所経営研究会において「働く社員が誇りを感じる事務所賞」を受賞。
自社において社員一人一人が活き活きと働ける職場環境の整備に取り組むとともに、顧問先企業にもEAPを推進して従業員満足度や生産性向上に積極的に寄与することで企業や地域社会の発展に貢献していきたいと思って活動している。


鹿野舞 弁護士法人えそら 代表弁護士(第一東京弁護士会所属)

鹿野 舞 弁護士
弁護士法人えそら 代表弁護士

2020年に弁護士2名と事務局4名で東京都千代田区神田にて開業。中小企業や個人事業主の法律顧問業務に力を入れる。
当初は、顧問先の企業に対し顧問弁護士として法的なアドバイスや法律相談を行うというアプローチに注力してきたが、EAP(従業員支援プログラム)の存在を知り、福利厚生を充実させ従業員の執務環境改善にも弁護士が助力することができることに強く感銘を受ける。以後は、一般社団法人弁護士EAP協会へ参加し、EAPについての見識を深めるとともに、自らの事務所の顧問先に対してもEAPをお伝えする活動を行っている。


企業がEAPを導入するメリット(伊藤先生)

栃木県宇都宮市で弁護士をしている弁護士法人宇都宮東法律事務所 代表弁護士の伊藤一星です。司法修習の期は66期で、弁護士7名、事務局14名体制の法律事務所を運営しています。

私の事務所は事務局の数が多いことからも分かる通り、個人法務案件、具体的には交通事故、債務整理、相続といった分野を中心に手がけてきた事務所です。

昨年、弁護士EAP協会が発足したのに伴って、EAPって良い制度だなと思いこれを事務所の注力分野として取り入れ、積極的に推進していく過程で企業の顧問案件が大きく増えてきましたので、私の取組事例の一部をご紹介いたします。

EAPが何かについては前編で牛見先生がおっしゃったとおりです。バイオ、サイコ、ソーシャル、そしてドクター、カウンセラー、ロイヤーが連携して従業員の私的問題を解決するプログラム、これがEAPであり、このうち従業員が抱える法的トラブルを解決して環境面の調整を図るのが私たちの仕事だと思っています。

EAPを広めていく上でこの制度のメリットを考えてみました。

従業員にとってのメリットを説明すると、栃木県も含めて特に地方ではまだまだ弁護士に相談することのハードルが高いという声が多く、「弁護士の知り合いがいない」という方が多くいらっしゃいます。

そういった点で、EAPを導入していただく企業さんであれば、顧問弁護士に無料で気軽に法律相談ができるということで、弁護士に相談することのハードルを下げる効果があるかと思います。

そして、EAPの更に良いところは、従来の顧問弁護士への相談と違って、会社を通さずに法律事務所に直接相談予約ができることだと思っており、これによって会社に気兼ねすることなく法律相談を気軽に行うことができるかと思います。

また、福利厚生制度なので家族の相談に乗れることもメリットの1つかと思います。

そして、会社にとってもEAPを導入することによるメリットがあるかと思っています。従業員が法的なトラブルを抱えたままでは仕事に専念できないかと思いますので、そういった際に顧問弁護士を紹介して解決に向けて目処をつけてあげることで、従業員の満足度が向上するかと思いますし、会社の生産性向上にもつながるかと思います。

これによって、従業員やその家族の会社に対する信頼感が向上し、福利厚生が充実していることで地域の評判を上げるなど、企業価値の向上にもつながるかと思っています。

また、EAPは社会にとっても良い制度だと思っています。まだまだ弁護士に相談することへの敷居の高さを感じる方が多いのですが、本来は誰でも気軽に弁護士が提供するリーガルサービスにアクセスできる社会が実現されるべきだと思います。そして、その実現に向けてEAPは非常に有効かと思っています。

また、実際にEAPを導入してくれた顧問先に出向いて,弁護士活用の場面を説明し、「こういった場面で弁護士に相談すると有効ですよ」ということを説明させていただくのですが、それは大人に対する法教育の側面があるかと思っています。

さらに、こういった従業員向けの福利厚生制度を積極的に導入する企業は、従業員を大切にしながら会社経営をしている企業が多いかと思います。そういった企業を増やしていくことで、世の中全体で従業員を大切にする風土が実現されていくというメリットもあるかと思います。

弁護士がEAPを提供するメリット

私達弁護士にとってのメリットについてもご説明します。

私の事務所でもEAPがきっかけで顧問契約をいただくというケースが増えています。顧問契約のフロント商品になるということで、顧問契約増加の要因になっていると思いますが、顧問契約が増えればストック収入が増えますので、定期的な収入が増えて事務所経営が安定するというメリットがあるかと思います。

また、潜在的な顧客層の確保につながる面があるかと思います。たとえば1社とEAP契約を結んで、1社の従業員が50人いて、その方を含めて家族が4人いれば、潜在的な顧客層200人とつながりを持つことになり、個人向けの案件の掘り起こしにもつながるのではと思っています。

更に、EAPを法律事務所として取り扱って「従業員を大切にする会社を支援していきたい」とか、「働きやすい職場を実現するためのお手伝いをさせていただきたい」というメッセージを発することは、事務所の社会的責任を果たしたり、ブランディングにもつながると思っています。

何よりEAPに関心を持っている会社は、従業員との関係が良好で業績も伸びている会社が多いので、そういった優良会社との接点を作るきっかけになると思っています。

EAPの取組み事例

昨年5月に弁護士EAP協会が発足して、私も入会させていただきました。協会に入ると様々な販促物を共有してもらえますので、それを使っていろいろな経営者団体の会合に出てEAPについて話す機会を増やしています。

「この制度すごく良いですよ」と話していたら、中小企業同友会でご一緒した産経新聞の記者の方が記事にしてくれました。それがヤフーニュースに転載されてマスコミが取り上げてくれると、地元紙やNHK、ラジオ放送なども取り上げてくれました。

あとは自主開催セミナーを開催したり、企業から相談された際はこの制度を必ず案内しています。経営者団体のセミナーで配布したEAPのチラシを見て問い合わせがあり、顧問契約となったケースが実際にありました。私の事務所ではEAPは月額5,500円から提供しているので、「5,500円で従業員の福利厚生として無料の法律相談をやってくれるならいい制度だね」ということで契約になったケースがいくつもあります。

EAPを気に入った既存顧問先が他の会社を紹介してくれて、その会社の経営者の方も同じような考え方の方だったりするので、同じようにEAPを気に入っていただいて顧問契約につながったりしています。また、既存の顧問弁護士がいる会社でもセカンド顧問として契約をいただいている会社もあります。

顧問先企業数の推移なのですが、2017年に創業してからずっと個人法務案件を中心にやってきたので最初の数年は顧問先数はあまり伸びていなかったのですが、EAPを始めてからは企業法務分野を開拓することができ顧問先数も一気に増えてきました

今年に入ってからもすでに10社以上顧問契約をいただいていますが、EAPを気に入っていてくれて顧問契約につながったケースがほとんどです。

EAPを提供するとなぜ顧問先が増えるのか?

EAPをきっかけに顧問契約が増えている背景を考えてみました。

やはり商品自体の良さがあると思います。先ほど説明したように、従業員にとっても会社にとってもメリットがある制度ということで、導入してくれたと思います。

あとメディアが取り上げてくれた理由でもあると思いますが、司法アクセスの解消につながったり、大人に対する法教育につながったりしますし、従業員を大切にする会社を増やすことにつながるなど社会的にもメリットがある制度だと思っています。

さまざまな場所でEAPの話をしていて「これいいですね」と言ってくれる人が多いので制度自体の魅力が高いと思っています。どんな会社に響くのかも考えてみましたが、次のような会社の経営者には特に響くように思います。

  • 優秀な人材の確保や定着に興味がある
  • 離職率低下を実現したい
  • 従業員満足度を上げたい
  • 従業員を大切にした経営をしたい
  • 企業の社会的責任やSDGsに関心がある

EAPを導入することで従業員満足度を上げて優秀な人材を確保につなげることができる、といった効果が見込めますが、総じて企業のブランド価値を向上させる側面もEAPにはあると感じています。

EAPを導入することで弁護士も社会貢献できる

最後にEAPをなぜ広げようと思っているのか、私自身の思いについてお話します。

私も20名を超える事務所を経営していますが、企業経営の目的とは何かと考えたとき、一緒に働く従業員の幸せを実現して、社会に貢献することなのかと思っています。そうすると、同じように従業員を大切にして会社を発展させていきたい経営者とつながって、一緒に良い会社づくりをしていきたいと思っています。

それと同時に、特に地方ですとまだまだ弁護士は身近な存在ではありませんので、誰でも気軽に気軽に弁護士が提供するリーガルサービスにアクセスできる社会が実現されるべきだと思っています。

この2つを実現できるのがEAPではないかと思っていますので、会社の福利厚生制度の一環として、より多くの会社に広めていければと思っています。

EAPは企業の採用にも効果あり(鹿野先生)

弁護士の鹿野舞です。修習は67期で第一東京弁護士会に所属しています。2020年に開業した弁護士法人えそらの代表弁護士です。

えそらを開業した時に企業法務に舵切りをしたのですが、それまで一般民事を主として取り扱っていたため、どのようにして顧問を獲得すればいいのかと悩んでいた際に、たまたま牛見先生がEAPの講演をしていらっしゃるのを拝聴して、面白そうだなと思ったことがEAPに興味を持った最初のきっかけです。

私はまだたくさんの顧問先にEAPのご紹介をできているわけではないのですが、「こういった形で広めているよ」という例を皆さんにお伝えできればと思います。

私の顧問先は200社弱ほどです。そのなかで全部の会社がEAPを導入してくださっているわけではなく、全体の1割程度なので、これからどんどん広めていきたいなと思っています。

伊藤先生もお話されていましたが、私も会社側のメリットと弁護士側のメリットに分けて考えました。

まず会社側のメリットとして、実際に良かったところを導入企業の経営者の方々に聞いてみました。従業員のこの方から相談を受けました、ということはもちろん伝えていませんが、「EAPで弁護士に相談したらすごく良かった」と社長に報告している従業員の方がかなり多くいらっしゃるようです。

その結果、社長から見ても従業員の業務効率や会社の仕事に向き合う姿勢がかなりよくなったとお話くださいました。

あとは、身内の不幸があったり家庭で揉めていて仕事ができる状態ではないので辞めようかと考えていた方が、EAPを利用したことで辞めずに今も元気に働いていますという話もあり、離職率の低下にもお力添えできているようです。

また、それほど多くはないのですが、採用活動の際にEAPを紹介してくれた会社がありました。「従業員を大切にしている」ということを売りにしないと採用が難しいご時世の中で、「実際にこういう取り組みをしている」と具体例を挙げて話ができるのは、会社にとっても強みになるということでした。

「口だけのスローガンではなく”実際にこういう取組をしているんだ”と話ができたのはありがたかった」とお話をいただき、私としてもうれしかった出来事です。

EAP導入で顧問先増、顧問継続期間も増

このように導入企業にもメリットがある中で、我々弁護士のメリットはどこにあるのかを考えてみました。

弊所の場合は、基本的にWebで集客しているのでどうしても集客コストがかかります。1件あたりいくらで集客をしたらどれくらい利益が出て…という点について経営者としての立場としては考えなければいけないなか、EAPを利用して従業員の方からご相談をいただくと、受任に対する広告費を掛けずに済むので、集客コストの削減にもつながるというのは法律事務所経営において大きなポイントかと思います。

次に、顧問契約の期間が長くなる点も上げられます。EAPを提供すると会社とのやり取りが密になっていくんですよね。平たく言えば、従業員の方と仲良くなるわけです。相談いただいて従業員の方とコミュニケーションを取ると、結果として会社と弁護士とのコミットが増えるため、顧問契約の期間が長くなることに良い影響がでているのではないかという体感があります。

ブランディング面では、EAPの取り組みを顧問契約を獲得するときの売り文句として使っています。クロージングの場面で「こういうサービスがあるのですが」とご紹介すると、気に留めていただくきっかけになります。実際、「いくつかの法律事務所と比較検討しているんです」と顧問の相談を受けている時に、EAPを紹介したところ結果として受任に繋がったというケースもあります。「他にも話を聞いたのですがEAPが気になったので」とおっしゃっていました。

また、企業(従業員)との関係構築という点も見逃せません。

顧問弁護士と企業のつながりというのは、法務担当者から契約書レビューの相談を受ける、という接点が基本的には多いのですが、EAPを導入することで、法務担当者以外の従業員の方と弁護士との接点ができるので、結果として普段の顧問業務においても相談がすごく増えました。法務担当者を通さずダイレクトに相談をいただけるので、現場の声や温度感もわかりやすく伝わってきます。

私の事務所では予防法務を強く掲げているので、予防法務の観点からも関係構築による紛争の予防にも寄与できているのではないかと感じます。

それと関連するのですが、EAPの利用率が増えると顧問業務としてお気軽に聞いていただけているのだと感じられる相談も増えます。たとえば顧問契約において、弊所はチャットで相談できるようにしているのですが、「相手方企業とのやり取りがあるんだけどこういう回答をしていいのか」などの相談がすごく増えました。

EAPを利用している会社の方が、利用していない会社よりも顧問業務の相談が増えていて、紛争予防にもなりますし、一つ一つの事件がオオゴトにならないようにするために早めに手を打つための受任をしたりもしていて、我々弁護士側のメリットも大きいと感じています。

実際にEAPの契約をどう受任しているかについてもお話をします。

ご相談時に「EAPという制度がありますよ」と宣伝するというのはもちろんそうなのですが、EAPを弊所が本格導入する前から顧問契約を結んでいただいている会社や、普通の顧問契約を結んでいてEAPを付帯していない会社に対して、個別にEAPの案内を送付することにしました。メールやチャットで、EAPという制度があるんですけどいかがですか、と半年に1回くらいの頻度で定期的に送っています。

あとは社長と仲良くさせていただいている会社だと、普段のお話しのなかで「こういう制度があって結構いいんですよ」という話をするとたいてい興味を持ってくれています。そして翌日に「ありがとうございました」というメールを送る際にEAPの資料も合わせて送るなどして、EAPの宣伝をしています。

結果として、当初はEAP契約していなかったけれども後日契約してくれた会社も増えてきました。

導入企業内にEAPを認知させるための一工夫

実際にEAPを導入してもらったとしても、実際に使ってもらえなければ意味がありません。どうやって会社内でEAPを知ってもらえるようにしているかというと、基本的にはセクハラ・パワハラ研修とか、NDAの研修をやっているときに最後に告知をさせていただいています。そのときにパンフレットも配っています。最近は、パンフレットだと捨てられてしまう可能性があるので、EAPを案内する小さなカードを作成して「机の中に入れておいてください」という形で配布しています。

お問い合わせの方法もすべてQRコードにしていて、なるべく従業員の方の手数を減らすように(離脱率が低くなるように)しています。QRコードも、スマホで開くと会社名や名前などがすでに書式としてメールが立ち上がるようにしていて、本文を埋めたら送信ボタンを押すだけ、という状況にし、煩わしさを感じないように工夫をしています。

また、EAP用のLINEとか直通電話も用意して、私達が「これはEAPの電話だ」と分かって取れるようにして、連絡をくださった従業員の方がアウェイ感を抱かないように心がけています。

実際にEAPでご相談ただいていただいている内容としては、相続、交通事故、不動産、離婚、養育費の相談が多い印象です。私の場合はこの分野に絞りますということはしていませんが、だいたいこの辺が多い感じです。

実際の相談からの受任率は8割位です。残りの2割は結局相談のみで解決したものですので、ほぼ満足いただいていただく形でサービスは提供できているのかなと思っています。

最近はEAPを通じて接点が従業員の方からご友人等の事件を紹介してもらえるといったケースも増えてきたので、やはりEAPは弁護士側のメリットも大きいなと感じています。

私からは以上です。


一般社団法人弁護士EAP協会に所属する3人の弁護士からEAPを弁護士が導入する意義についてお話を伺いました。当日、参加者と講師との間で活発な意見交換も行われ、今後EAPがますます盛り上がる予感を感じながら、盛況のなかセミナーは終了を迎えました。

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