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知らなかったでは済まされない、海外M&Aの落とし穴と回避方法(前編)

GVA TECHでは、テクノロジーで契約業務に関する課題解決を目指すだけでなく、企業の法務パーソンの方々のお役に立てる情報発信を行っています。その一貫として、企業法務に携わる方々向けのセミナーも随時開催しています。

本セミナーでは、海外M&Aの実務経験が豊富な日比谷中田法律事務所 井上 俊介弁護士に、思わぬ落とし穴とその回避方法について解説いただきます。

本まとめは前後編でセミナーをレポートいたします。


日比谷中田法律事務所 パートナー 井上 俊介 弁護士

井上 俊介 先生
日比谷中田法律事務所
パートナー弁護士

海外M&Aと競争法対応の専門家として、100件超のM&A案件に関与。全世界の法律事務所との緊密なネットワークを生かし、日系企業の海外M&A・競争法対応を一気通貫でサポートすることを得意とする。M&A・競争法に関する論考・セミナー多数。M&A・競争法の2分野でBest Lawyers in Japan に3年連続選出中。東京大学法科大学院、英ロンドンスクールオブエコノミクス卒。長島・大野・常松法律事務所、Freshfields Bruckhaus Deringerを経て現職。東京大学法科大学院未修者指導講師。


本セミナーの内容

本セミナーの講師を務める井上俊介弁護士は、M&Aを専門に扱っている弁護士として知られています。これまでに取り扱ったM&A案件の数は100件以上。DDから契約交渉、競争法届出、ポストクロージングまでワンストップでサポートしているとのこと。事務所としては海外M&Aが多いものの、ご自身は国内案件も取り扱っています。

セミナーでは次の内容について解説されました。

  1. 海外贈収賄規制
  2. スタートアップ投資と知的財産・営業秘密
  3. 海外競争法届出とガン・ジャンピング
  4. 海外法律事務所の使い方

これら4つのトピックについて実際の事例を見たあとで、

  • 海外M&A落とし穴の注意点を学ぶ
  • 海外M&Aの落とし穴の回避策(定石・妙手)を知る

と、ポイントについて解説がなされました。


最初のテーマは海外贈収賄規制。海外M&Aではよく問題になるテーマです。

買収した米国子会社のFCPA違反事例

まず、日本企業がアメリカで贈収賄の摘発に巻き込まれた事例を見ていきます。

2014年1月、日本のある会社がアメリカの同業他社の買収を公表しました。買収金額は1兆円以上を超えて、当時かなり注目されました。

ところが、その後、買収先のB社が過去にインドで政府関係者に行っていた支払いが、アメリカの外国公務員に対する贈賄を規制する法律であるFCPAという法律に違反するということで、アメリカ当局の調査を受けました。

そして、2020年10月にB社は司法省との間で1950万ドル(約20億円)の罰金を支払うことで合意しました。さらに2018年にも、同じ事件についてSEC(証券取引委員会)に合計9億円近くを支払っていました。合計で30億円近い罰金を支払ったということです。

本件で問題になったのはどういう行為だったのでしょうか?

司法省の認定によれば、B社は2006年にインドの会社を買収しましたが、その後2012年までそのインド子会社とともに現地のある事業ライセンスを取得するために、政府関係者に対して販売代理店を通じて賄賂を支払っていたとされています。さらに、B社が贈賄防止のための内部統制を実施せず、汚職を隠蔽するため帳簿や記録を改ざんしたとも認定されました。

買収金額は1兆円超ですので30億円の罰金が小さく見えるかもしれませんが、買収した会社の過去の行為について、後日30億円の罰金を支払うことになったというのは、買収した日本企業にとっては痛手と言えそうです。

海外贈収賄規制の落とし穴

では、この事例を踏まえて、贈収賄に関してどんな点に注意すればよいのでしょうか。

FCPAはアメリカの外国公務員に対する贈賄を規制する法律です。このFCPAは、規制対象者の範囲が非常に広いことで知られています。同法が規制対象にしているのは、原則的には
・アメリカで上場している企業やアメリカ市民
・アメリカ企業などの国内関係者と呼ばれる人たち
なのですが、これ以外にも
・アメリカ国内で贈賄行為の一部を行った人
・発行者、国内関係者等の贈賄行為を教唆、ほう助、共謀した人
も、処罰対象となるとされています。

そのため、アメリカ企業を買収する際にはもちろん、それ以外の国の企業であってもアメリカでビジネスを行っている場合には、FCPAに注意しなければなりません。


次に押さえておきたいポイントは、贈収賄は通常の法務DDで発見するのが非常に難しいという点です。

賄賂というのは一部の関係者がこっそり行っていることが多く、経営陣もそもそも認識していないケースが多いです。また、賄賂に関与した社員も当然賄賂を巧妙に隠していますので、賄賂の決定的な証拠が存在することもありえません。

そのように隠されている賄賂を、通常の限られた時間とリソースで行う法務DDで発見するのは至難の業となります。

また、重要なポイントとして、贈収賄による損害はM&A保険ではカバーされないという点も押さえておきたいと思います。

M&A保険、あるいは表明保証保険とも呼ばれますが、これは買収後に表明保証違反が発覚した場合に、保険金が支払われる保険のことで、近年海外M&Aを中心に使われる機会が増えています。

この表明保証保険に入っておけばどんな表明保証違反があっても保険金が支払われるかというとそんなことはなく、一般の保険と同様に免責事由が定められています。

表明保証違反で免責事由として定められていることが多いのが、環境問題、製造物責任、贈賄です。それ以外にも、たとえば買主が認識していた事由やDDが不十分な事由なども保険金支払いから除外されているケースもよく見られます。

表明保証保険の購入を検討する場合にはこの免責事由をよく読む必要があります。

贈収賄リスク、どうすれば回避できるのか

では、こうした贈収賄のリスクに対してどう対処すればよいのでしょうか。

回避策:定石

まずは絶対に押さえておきたい定石から見ていきます。

贈収賄リスクの対応として一番よく言われるのがリスクベース・アプローチです。これは、初めに買収対象の会社の贈収賄リスクが高いのか低いのかを評価して、そのリスクの高低に沿った対応をしましょう、というアプローチのことです。

贈収賄リスクの有無を判断する上で一番大事な要素は何でしょうか?

なにより重要なのが、買収しようとしている会社が事業を行っている地域です。一般には、アジア、中東、アフリカ、南米、こういった地域では贈賄のリスクが高いと言われています。

また、地域以外にも重要なファクターとして、事業内容があります。

事業自体に政府の許認可が必要な場合や、店舗や工場の設立に許認可が必要な場合には、その分賄賂のリスクが高まります。他にも、公共事業や政府調達などの政府自体を顧客とする業界も、潜在的に賄賂の危険性があります。

こうしたリスク評価の結果、この会社は贈賄リスクが高いとなった場合には、そのリスクの高さに応じて贈収賄にフォーカスしたDD、贈収賄DDを時間とお金をかけて行うことになります。


次のリスク回避策の定石として挙げられるのが契約書による手当です。代表的なテクニックがこちらです。

  • FCPA違反のリスクのある行為をやめることを誓約させる
  • FCPA違反のリスクのある行為をやめたことを取引実行の前提条件とする
  • FCPA違反の行為を行っていないことを表明・保証させる
  • クロージング後に摘発された場合、補償(特別補償)の対象とする
  • 摘発リスクが軽減されるまで、買収代金の一部の支払いを留保する

こうしたテクニックの基本的なコンセプトは、もし取引実行後に贈賄行為が発覚した場合には、売主の責任を追及できるようにするというものです。

では、契約書でしっかりと売主の責任を定めておけばリスク対策としては十分なのでしょうか?残念ながらそうではありません。

契約書で売り主に対して補償請求できると書いてあっても、実際に売主に請求して買収代金として支払ったお金を取り返すのは大変です。したがって、契約書をしっかりドラフティングしておけば大丈夫というわけではない、ということを押さえていただきたいと思います。

回避策:妙手・好手

ここまでは買収前の回避策ですが、実務上より重要となるのは買収後の対応です。

アメリカの当局が公表しているFCPAのガイドラインがあります。こちらでも、買収後に当局への自主申告を行い、問題解消のための是正措置を講じて当局の調査に協力することにより起訴を免れる、あるいは責任が軽減される可能性があると書かれています。

買収後に内部調査を行って、当局の調査に十分に協力することで、ペナルティの減免が受けられる可能性があるということです。

買収前はいろいろ制約があるので十分なDDを行えないことがよくありますが、買収後は自社の子会社になりますので、より深く徹底的な調査が可能です。そこで、買収前に贈賄リスクがあることは分かっていたものの、その決定的な証拠がなく買収に踏み切った場合、買収実行後に速やかに徹底的な調査を行うことが考えられます。

買収後に行うべきことをいくつか挙げるとこのようになります。

  • 社内インタビューの実施
  • 証拠の保全
  • コンプライアンス・プログラムの見直し
  • 従業員に対する研修・教育
  • 問題が発見された場合の当局への自己申告

社内調査を進めるに当たって非常に有用なツールとして、社内リニエンシーがあります。

社内リニエンシーとは、従業員が問題行為を自分から申告した場合に、申告した従業員が問題行為に関与していた場合でも懲戒処分などの社内のペナルティを減免する、という制度です。

いわば、自白・密告の推奨なのですが、賄賂のような証拠のつかみにくい行為をあぶり出すには非常に有用なツールです。

こうした買収後の調査の結果、買収が発覚した場合、問題行為を自ら申告することでペナルティの減免を受けられることがありますが、必ず受けられるわけではないので、個別事例ごとに専門家への相談が必要です。

こぼれ話

少し脇にそれまして、当局が贈収賄の尻尾を掴むきっかけとして重宝しているものについてご紹介します。

それは、外部からの通報です。

SECでは、FCPA違反を含む違反行為の通報を推奨しています。通報がきっかけで100万ドル以上の罰金の支払いに至った場合、10〜30%の金額が報奨金として通報者に支払われるというルールを設けています。

日本ではなかなか考えにくい制度かもしれませんが、2011年の制度開始以来、報奨金として10億ドル以上が支払われています。いままでの最高金額は2020年10月の1億1400万ドル。日本円で120億円という巨額の報奨金が通報者に支払われています。


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スタートアップ投資と知的財産・営業秘密

2つめのテーマは「スタートアップ投資と知的財産・営業秘密」です。

日本企業が海外の有望なスタートアップを買収する、あるいは投資家として出資するケースが増えてきました。ここからはスタートアップ投資で特に重要な知的財産、営業秘密について見ていきます。

Google自動運転技術の漏えい

まずGoogleの自動運転技術が漏えいした事例を取り上げます。

2016年1月、Googleのスターエンジニアだったアンソニー・レバンドフスキ氏がGoogleを退社してオットーという会社を立ち上げました。このレバンドフスキ氏はGoogleで自動運転技術の開発に携わっており、オットーは自動運転トラックの開発を行う会社でした。

するとまもなく、2016年8月に配車アプリ大手のウーバーがオットーを買収することを公表しました。買収価格は6億8000万ドル、日本円で約680億円です。

当時のウーバーのCEOだったトラビス・カラニック氏は、ウーバーのブログでこう語っています。

「オットーとウーバーの融合は理想的なドリームチームであって、アンソニーは自律系工学における世界トップクラスのエンジニアだ」

ウーバーにとってはまさに希望に満ちたM&Aであったということがわかります。

ところが、翌年になって事態が一変します。

2017年2月に、Googleの自動運転部門がスピンアウトとしたウェイモという会社がウーバーを提訴しました。ウェイモはレバンドフスキ氏がGoogleの自動運転技術に関する企業秘密や特許を盗んでウーバーに持ち込んだと主張しました。

ウェイモ対ウーバーの対立は法廷の場で争われて、最終的に2018年2月に和解が成立しました。その条件は、ウーバーがウェイモに2億4500万ドル、約266億円相当の自社株を譲渡すること、今後はウェイモの技術を使わないことだったと言われています。

その後2018年7月にウーバーはオットーが行っていた自動運転技術の開発から撤退することを公表しました。結局、ウーバーがオットーを買収した当時の目論見は果たされなかったということになります。

そう思っていたら2022年6月、ウェイモとウーバーがトラック輸送分野で提携することが公表されました。今年になっても法廷で争っていた相手と提携できるというのはアメリカIT企業のしたたかさが伝わるエピソードではないかと思います。


さて、この事例からなにを学べるのでしょうか。

はじめに押さえておきたいのは、投資先の知的財産や営業秘密を調査するときは、それが「守られているか」だけではなく「第三者の権利を侵害していないか」も極めて重要ということです。

スタートアップの持つ知的財産や営業秘密に魅力を感じて買収・投資をしようとするケースでは、なによりその知的資産がきちんと守られているのかに焦点が行きがちです。

  • 特許としてしっかり登録されているのか
  • 特許になっていない営業秘密であれば秘密として保護されているのか

といった点です。

しかし、それだけではなくてその知的財産や営業秘密は本当にそのスタートアップが権利を持っているのか、誰かの権利を侵害していないのかといった点もしっかり調査する必要があります。

ですが、この知的財産や営業秘密が第三者の権利を侵害していないかを通常のDDで発見するのは簡単ではありません。

まず、知的財産や営業秘密はスタートアップにとってはまさに虎の子ですので、DDでも契約締結ギリギリまで開示しないということがよくあります。

そして、ようやく開示されても、それが第三者の権利を侵害していないかを調べる手段が非常に限られています。せいぜいその知財や営業秘密について紛争が発生していないか、発生するおそれがないかをQ&Aや開示資料から調査することくらいしかできないというケースもよく見られます。

したがって、まだ顕在化していない潜在的な権利侵害のおそれというのはDDではなかなか見つけにくいのが実情です。

さらにいえば、スタートアップが知的財産や営業秘密として認識しているテクノロジーだけではなくて、特に意識せずに使っているテクノロジーやノウハウが第三者の権利を侵害している可能性すらあります。そういったリスクは通常の法務DDで発見するのは非常に難しいと言えます。

そして、万が一、知的財産や営業秘密が第三者の権利を侵害していた場合、スタートアップの買収においては致命的な問題となる可能性があります。

買主がスタートアップの持つ知的財産や営業秘密と言った知的資産に魅力を感じて買収をしようとしている場合、こうした知的資産は会社の価値の源泉であって、M&Aのまさに目的と言っていいわけです。

にもかかわらず、こうした知的資産が本来第三者のもので使えないということになると、M&Aの目的をまったく達成できません。

会社の価値がなくなるだけではなく、ウーバーのケースのように本来の権利者から高額な損害賠償を請求されるおそれもあるわけで、まさに踏んだり蹴ったりということになりかねません。

知的財産・営業秘密の落とし穴をどう回避するか

では、どうすれば回避できるのか。ここでもまず、回避策の定石から見ていきます。

回避策:定石1)FTO調査

まず一番に思い当たるのは、FTO調査と呼ばれるものです。これは、市場で売り出そうとしている新しいテクノロジーや製品が、第三者の権利を侵害していないかを調査するものです。

この調査というのは特別な調査会社やエージェントに依頼して、一つ一つの技術に対して行う必要があります。そのため時間と費用がかかるのがネックです。M&Aの過程で行われる場合、対象会社が持っているすべての技術についてFTO調査を行うことは現実的ではないため、特に重要な技術に限って行われることが多いです。

回避策:定石2)権利侵害防止のための社内ルールの内容と実効性の確認

もうひとつのアプローチとして、権利侵害防止のための社内ルールの内容と実効性の確認という手法があります。

これは、対象会社が権利侵害を防止するための社内ルールを定めているかを確認して、さらにそのルールが社内において実効的に運用されているかを確認するものです。これが確認できれば改めてFTO調査を行わなくても、この会社は権利侵害をしていない可能性が高いという推定が働きます。

逆に、そのようなポリシーがない場合や、ルールやポリシーがあってもそのとおりに運用されていない場合は権利侵害のリスクが高まるということになります。

回避策:妙手1)技術の出どころを探る

さらに直接的なアプローチとして、技術の出どころを探るという方法があります。

そもそも技術の開発には時間とお金が必要です。創業間もないスタートアップが優れた技術を持っている場合、その技術は第三者の知財や営業秘密に基づいている可能性があります。たとえば、創業メンバーが所属していた企業、大学、研究所の研究成果、その会社の提携先・取引先のものかもしれません。

そうした技術の出どころを探り、もともとの権利者から技術をちゃんと承継しているのか、ライセンスを受けたりしているのかを確認できれば、権利侵害のリスクを抑えられます。

逆に、出どころが明らかではない場合や正当な利用権限を確認できない場合は、第三者の技術を不当に使っている可能性があります。

回避策:定石2)創業者やエンジニアに対するフォレンジック調査

そのような疑いが捨てきれない場合、創業者やエンジニアに対するフォレンジック調査を検討する余地があります。


(後編へ続く)

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