GVA TECH株式会社では、テクノロジーで契約業務に関する課題の解決を目指すだけでなく、弁護士の先生方や法務に携わる方へお役に立つような情報発信を行っています。その一貫として、業務効率化や顧問獲得に関するセミナーも開催しています。
今回は「創業間もない経営者が押さえておきたい 契約書チェックのNG集」をテーマに、非法務の担当者が最低限押さえておきたい契約書チェックのポイントをお伝えしました。
創業まもない企業では、非法務の担当者が契約書チェックをすることも多く、中には社長や役員が自らチェックするケースもあるかと思います。そこで今回のセミナーでは、非法務の方が最低限の契約書チェックを遂行できるようになることをゴールに、具体例も交えながら以下の流れでお話ししました。
- 企業の契約関係の全体像
- 契約書がなぜ必要か
- 契約書の読み方(総論)
- 時間がなくても気を助けるべきポイント(各論)
講師を務めるのは、GVA法律事務所の弁護士であり、GVA TECHでリーガル部門統括マネージャーを務める仲沢勇人。なおこのセミナーは、GVA TECHと同じく新設法人の支援に注力されている、GMOあおぞらネット銀行様との共催です。
仲沢 勇人
弁護士法人GVA法律事務所 弁護士/リードアソシエイト
GVA TECH株式会社 リーガル部門統括マネージャー
一橋大学法科大学院卒業後、司法試験合格を経てGVA法律事務所に入所。2018年頃よりGVA TECH株式会社に参画。2020年よりGVA TECH株式会社のリーガル部門統括マネジャーに就任。顧客に対するサービス導入コンサルティングとリーガルコンテンツの監修業務などを行う。
目次
契約書とは、取引に関する約束事を書面に書き起こしたもの
法務専任ではない方に「自社がどういう契約を締結しているか、把握していますか?」と聞くと、答えに詰まるかもしれません。しかしこれは「自社がどういう取引をしているか、把握していますか?」という質問とイコールです。
「いくらで・何を・いつまでに」など、契約書=取引の内容を書面にしたものであると理解すれば、契約書に対するアレルギーも少し和らぐかと思います。この点について、詳しく見ていきましょう。
株式会社を例にとると、取引は以下のように図式化できます。少々ドライな表現ではありますが、株式会社を「継続的に利益を上げるための合理的な箱」と定義するならば、会社に関するこうした一連の取引は大きく「売上を獲得する取引」「その他の取引」の二つに分類することができます。
そもそも売上がきちんと支払われたり、売上を上げるために設備や技術の協力を得られたりするのはなぜでしょうか。それは、サービスや商品をきちんと提供したから、あるいは協力に対して対価が支払われるからです。取引に関するこうした約束事を書面に書き起こしたもの、つまり取引における権利や義務の根拠となる書面が契約書であり、まずはこの原則を理解することが非常に重要です。
信頼筋との取引であれば、契約書は必要ない?
創業まもない企業の代表者からは「信頼筋との取引がメインなので、契約書はまだ締結しなくても大丈夫」という声をよく聞きますが、この認識はすぐに改めていきましょう。言い方を変えると、会社を設立した瞬間あるいは設立の前から、契約書を締結する癖をつけておくことをお勧めします。
契約書を締結する理由は、
1.どのような取引かをお互い明確にするため
2.万が一の場合における救済根拠として
の二点に収斂されます。
1については、金額、取り分、対象商品、納期等を書面で明確に約束することによって、何かあったとき「こうしてください」と主張する根拠になります。
2については、先方がまともに仕事をしてくれなかったり、逆に仕事をしたのに対価が支払われなかったりと、万が一のときに泣き寝入りを防止する根拠となります。契約書は法的拘束力をもつため、裁判での正当性を主張する手立てにもなりうるのです。
「法律」と「契約書」の関係を理解する
ただし、契約書の効力を正しく発揮するには「法律」と「契約書」の関係を理解する必要があります。
「契約書に書いていないから大丈夫」「契約書に書いてないから相手に強く言えない」といった考え方は正しくありません。というのも、企業間の取引については民法や商法で必要最低限のルールが決められており、契約書はいわばそのルールを当事者の合意のもと上書きする役割を果たします。
そのため基本的には契約書に書かれている内容が優位となり、契約書に書いてない場合には、法律のルールが適用されることになります。整理すると、ポイントは以下の二つです。
- 契約書に記載がない事項について、法律のルールがある:この場合は、法律のルールに従います。
- 契約書に記載がある:この場合は、契約書で合意した内容が優先されます。
ただし例外として、仮に当事者が合意していても、契約書で上書きできない法律ルールも少数ですが存在します。これについては、法律の専門家に相談することをお勧めします。大切なのは「契約書に書いていないから大丈夫!」と誤認しないことです。
上記をふまえ、契約書を締結していないがために起こったトラブル事例をご紹介します。
ケース1. 見込んでいた稼働を確保してもらえなかった(委託側)
状況:
- 創業まもない、アプリ開発をしている会社。エンジニアが社内にいないため、プロトタイプの制作を外部のエンジニアに業務委託することにした。
- 見込みに反してエンジニアが安定的な稼働を確保できず、サービスのローンチが大幅に遅れてしまった
トラブルの内容:
- 何日働くか、1日あたりの稼働をどれくらい確保してもらうかについ約束事がなく、エンジニアは「時間がなくて稼働できない」の一点張りだった
- しかし「月20万円支払う」という約束を口頭でしていたため、支払いだけは執拗に求められている
どうすればよかったのか?:
共通認識を確認し、メールでもいいので明文化する
- 最初は簡易な契約書でもOK。ただし、業務内容、金額、納期、お金の支払い方法、最低限確保する稼働ボリュームなど、どのような取引をするかに関する具体的な内容の記載をすること
ケース2.受託開発で作成した成果物に誤りがあった(受託側)
状況:
- 当面は受託開発会社の基盤を安定させようとしており、最近も受託開発の案件を受注した
トラブルの内容:
- 成果物を納期通りに納品したが、納品先から「仕様と違う」とクレームが入った。
- 先方から指定された仕様と異なるものを納品してしまったのは確かだが、締結した契約書には損害賠償の文言が入っておらず、賠償の義務はないのではないか
どうすればよかったのか?:
法律と契約書に書かれている内容の違いを理解し、必要に応じて弁護士に相談する。
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創業時に知っておきたい主要契約類型TOP3
契約書にはさまざまな類型がありますが、その中でも、創業時に抑えておきたい契約類型TOP3は以下の三つです。それぞれの役割と、含まれる内容を整理します。
NDA(秘密保持契約書)
- これから取引するかどうかを検討する段階で、情報が漏洩するのを防止するために締結する契約
- どういうものを秘密情報として扱うか(秘密情報の定義)、例外規定の範囲、目的外利用の禁止、破棄・返還 など
業務委託契約書
- 社外の人に何かを依頼し、対価としてお金を支払うための契約
- 業務内容、金額、何かあった場合の損害賠償、成果物が生じる場合の権利帰属 など
利用規約(売買契約など、toCビジネスで売上を得るための契約類型)
- サービスや提供者が、多数のユーザーと画一的に契約を締結するための契約
- 売上になる取引の際に必要となる
なお「業務委託契約書」には実は厳密な定義がなく、およそ社外の人に何かを依頼し、対価としてお金を支払う契約を指します。また、NDAは契約の前提として締結するものなので、先にNDAを締結し、その後で取引契約を締結する、という流れを押さえておくとよいでしょう。
「やりたいこと」と「書かれていること」のギャップを埋めていく
ここからは、具体的な契約書の読み方を見ていきます。まずは契約書の構成要素を理解することが大切です。
契約書は基本的に「契約締結時の対応 → 契約期間中の対応 → 紛争発生時の対応 → 一般条項(どういった契約書にも入っている共通要素)」の流れで記載されていますが、より詳細な要素について、それぞれの意味合いや効力の度合いを以下に整理します。
契約書の構成要素
- タイトル:実は法的な効力はなく、どのようなタイトルでもかまいません。書籍のタイトルのような位置付けであり、読み手にとって予測可能性を与える役割です。
- 前文:こちらも、法的に意味合いは大きくありません。書籍で言うと、前書きのような位置付けです。
- 本文:具体的な取引内容を書くところであり、もっとも重要です。
- 条:一定の意味の区切り。条文のタイトルは、予測可能性を担保する役割をもちます。
- 項:「ワンセンテンス、ワンメッセージ」を原則に、同じテーマの中でも意味が変わってきたら項を変えます。
- 号:形式に決まりはなく、項の中でより細かく内容を規定したいときに、号の中で区切ります。
- 末文/後文:前文に同じ
- 締結日:契約を締結した日時を記載します。
- 署名欄:双方が記名・押印することで、後から振り返ったときに、両者の合意と認められるためのものです。
契約書の構成を理解したら、実際に内容をチェックしていきます。契約書チェックにアレルギーのある方もいるかもしれませんが、ポイントは非常にシンプル。「自社がやりたい取引と、提示された契約書の内容にギャップはないか?」「自社にとってリスクの高い内容になっていないか?」に注意を払うだけでかまいません。
契約書チェック作業とはつまり、このギャップを明確にして埋めていく作業だと理解すれば、抵抗感も和らぐのではないでしょうか。
事業のことを知っていれば、法務知識がなくても契約書レビューはできる
法務担当者であれば、相場感覚や法務知識の有無も問われますが、こうした知見がなくても「やりたいこと」と「書かれていること」のギャップは埋められるはずです。取引に関する情報をもっていたり、事業に関する思考力や想像力があるという点では、むしろ法務担当者よりも確かなチェックができるかもしれません。
ギャップやリスクの抽出について、さらに具体的な判断基準を見ていきましょう。
基本的には、大きく以下の三つの観点に整理できます。
個別条文検討時の考え方(リスク判断の基礎)
1.「要件」と「効果」を確認する。
- どういう場合(要件)に、何をしなければならないのか?(効果)
- 例:ミスして相手に損害を与えた場合(要件)には、賠償金を支払わなければならない(効果)
2.本件の事情を踏まえて、「この場面のリスク」を想像する。
- 記載内容のままだとどういうリスクがありうるか、具体的に想像してみる
- 修正方法については、「要件」を動かすときと「効果」を動かすときがあり、組み合わせによって複数の選択肢ができる
- 各選択肢のメリット・デメリットを言語化するところから始めてみる
3.取引目的を達成しうる修正内容になっているか注意する。
- この取引で達成したいゴールは何か?
- 最悪の場合を想定したリスクヘッジはできているか?
まとめると、メリット・デメリットの言語化・比較を通じて、リスクの内容を具体的に想像することが重要です。そのうえで、想像できるリスクの発生確率 × インパクトの大小を見ながらベストな選択をしていくため、合理的なリスクテイクをするという選択もありえます。
(後編へ続く)