企業の法務担当者や弁護士にとって、契約書の作成・レビューは最も一般的な業務の1つかと思います。
しかし、法学部や法科大学院では契約書実務について学ぶ機会は少なく、実務において初めて契約書作成〜レビューの流れに触れるという方が少なくないのではないでしょうか。
また、経験を重ねる中でも、日々の契約業務の中で生じる様々な疑問を抱えている方、思うように業務が進まない方もいらっしゃると思います。
そこで今回は、「企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務」(中央経済社)の著者である、かなめ総合法律事務所パートナー弁護士の幅野直人先生をお招きし、契約および契約書についての基礎、契約交渉の流れや契約書作成・レビューの実務における留意点などについて、コンパクトに解説していただきました。
目次
イントロダクション
自己紹介
かなめ総合法律事務所パートナー弁護士の幅野と申します。
企業間紛争やM&Aなど、企業法務案件を幅広く取り扱っております。
企業の法務部に出向経験があり、外部の弁護士という立場からだけでなく、企業の法務担当者としての立場からも契約書作成・レビューを行ってきた経験がありますので、本日は、外部の弁護士と企業内部の法務担当者、双方の立場を踏まえたお話ができればと思います。
本日のセミナーは、2部構成で考えています。
第1章が契約の基本的事項、第2章が契約書レビューの作法です。
私が執筆し、2024年2月に発売された「企業法務1年目の教科書 契約書作成・レビューの実務」という書籍がありまして、本セミナーの第1章、第2章は、それぞれこの書籍の第1章、第2章に対応しております。
書籍の方ではより詳細に解説していますので、是非あわせてご参照ください。
第1章「契約の基本的事項」
まず、第1章「契約の基本的事項」についてお話しします。
かなり基本的な内容も含まれますので、受講者の皆様がすでにご存じのことも多いかもしれませんが、今回は、「新任/若手法務・弁護士向け」ということで、基本的な部分から解説させていただければと思います。
契約とは?
まず、契約とは何かについて。
契約とは、契約当事者間に法的な効果を生じさせる合意、約束になります。
ビジネスの場面では、“契約書”のような書面で締結することが多いですが、契約は原則として口頭でも成立します。また、こちらもビジネスの場面では、契約書という形でこれらを兼ねる書面を取り交わすことが多いですが、民法上、「申込み」と「承諾」という意思表示の合致により契約が成立することとされています。
契約の基本原則
次に、契約の基本原則について。
一般的に、契約締結の自由、相手方選択の自由、内容決定の自由、方式の自由という4つの原則が言われています。一部例外が存在する場合もありますが、原則として、契約にはこの4つの原則が妥当することになります。
契約の効果
続いて、契約が成立した場合にどうなるか、すなわち、契約の効果について。
契約が成立すると、契約当事者に法的な権利と義務が発生し、契約当事者は、原則としてその契約に法的に拘束されることになります。
契約で定めるべき事項
そして、契約で定めるべき事項とは何なのか、というところについて。
結論から言ってしまうと、契約に適用されるルールが、法律、典型的には民法に定められています。例えば、売買契約が成立した場合には、その契約には、民法の売買の規定(555条以下)がデフォルトルールとして適用されます。
このデフォルトルールを変更したい、または、具体化したいというときに、契約でそれを定める、というのが基本的なところかと思います。
以下で、もう少し詳しく説明していきます。
典型契約と非典型契約
まず、契約は、「典型契約」と「非典型契約」という2種類に区別することができます。ここに挙げた民法に規定のある13種類の契約を「典型契約」と言い、反対に、典型契約以外の契約を「非典型契約」と言います。
典型契約であれば、それぞれの契約類型に応じて、ここに挙げた民法の規定がデフォルトルールとして適用されることになります。契約で、そのデフォルトルールを変更しない限り、各契約類型に応じた民法の規定によるルールが契約当事者間に適用されることになります。
一般法と特別法
もっとも、適用される法律は一つであるとは限りません。法律には、ある事項について一般的に適用される「一般法」と、特定の場合に限定して適用される「特別法」という区別が存在します。
適用されるべき法律が複数存在し、それらの法律の規定が矛盾または抵触する場合、その規定については、「特別法」が、「一般法」の規定に優先することになります。
スライドの例は、民法改正前の規定ですが、これらの法律が適用される場面では、商行為によって生じた債務については、特別法である改正前商法第514条の規定が優先され、法定利率は6%となります。
任意規定と強行規定
さらに複雑なことに、法律の規定は、当事者の合意(=契約)によって変更できる任意規定と、当事者の合意(=契約)によっても変更できない強行規定とに分けられます。
たとえば、改正前民法404条は「別段の意思表示がないとき」と書いてあるため、別段の意思表示、すなわち、契約で別のルールを定めた場合にはそれが優先すること、言い換えれば、任意規定であることが分かります。一方で、借地借家法第9条のように、「無効とする」というような規定になっている場合、その規定は強行規定とされています。
上記の例は任意既規定か強行規定かがわかりやすいですが、法律の規定の中には任意規定か強行規定かがわかりにくいものもあります。一般論としては、民法の契約に関する規定は任意規定のものが多いですが、消費者保護や労働者保護といった公共的な目的を持った法律や規定は強行規定のものが多いです。
契約で定めるべき事項
ここまで話してきたことをまとめると、最初の図に戻ってきます。
まず、契約が成立すると、それに適用される法律が存在し、これがデフォルトルールになります。
そして、適用されるべき法律が複数存在し、それらの規定が矛盾・抵触する場合には、当該規定については、特別法の規定が一般法の規定に優先します。
この法律の規定によるデフォルトルールを変更したいという場合に、当事者の合意(=契約)でルールを変更します。ただし、当事者の合意(=契約)によっても、強行規定には反することができません。
それを図で表すと、スライドのようになります。すなわち、契約というのは、この図で言うと、黄色で示した部分を定めるものになります。
この黄色で示した部分を言葉にして説明すると、「法律上の帰結を修正すべき事項であって、かつ、強行規定に反しない事項」となります。これが契約で定めるべき事項の基本です。
また、括弧内に、「法律に定めていないが合意しておきたい事項」と書きましたが、法律上のルールが存在しない部分について、ルールを定める場合もあります。この図も、黄色で示した部分は、緑で示した「法律」とは重なっていない部分、すなわち、右側に飛び出している部分があると思いますが、これはその趣旨です。
加えて、実務上は、法律上の帰結が明らかでない(解釈が分かれている)事項や法律上の帰結と同じ結論であるものの当事者の理解を確認的に定めておきたい事項についても、契約でその内容を定めておくことが多いでしょう。
契約書作成の目的
続いて、契約“書”についてです。最近は、電子契約もあるので必ずしも紙の契約書ではない場合もありますが、いずれにしても、口頭ではない、形式を伴う“契約書”というものについてお話しします。
先ほどお話ししたように、原則として、契約は口頭でも成立します。しかしながら、ビジネスの世界においては、一般的に契約書を用いることが通常です。では、なぜ契約書を作成するのか、言い換えれば、契約書作成の目的とは何でしょうか?
まず、ここに挙げたとおり、合意内容を明確にしたり、後から言った言わないの争いになることを防止したりといったことが挙げられます。
また、「契約書を取り交わした以上きちんと守らなければ」というような、契約書を作成することで、契約遵守への意識付けがなされるという側面もあるでしょう。
そして、一定の場合には、契約書を作成することが、法律上または手続上の要請となっている場合もあります。たとえば、保証契約の場合、民法第446条第2項に「保証契約は、書面でしなければ、その効力を生じない」と定められています。まあ、同条3項によって電子契約でもよいのですが、いずれにしても、そういった形式を伴う必要があるとされています。
契約締結までの流れ
ここまでは契約、あるいは、契約書についての一般的な話でしたが、ここからは、法務担当者や弁護士の契約書業務に関する話をしていきます。
まず、契約書締結までの流れですが、通常は、まず条件交渉が行われ、その結果として契約当事者双方による合意形成がされてから、契約書を締結する、というのが一般的な流れかと思います。
事業部門と法務部門の役割分担の例
また、事業部門と法務部門の役割分担にも触れておきます。
役割分担は、企業ごと、あるいは、取引の内容ごとによって異なりますので、ここに挙げたものはあくまでも一例に過ぎませんが、一般的に、日常的な取引の場合であれば、法務担当者が交渉窓口になることはそう多くないと思います。相手方との交渉窓口は事業部門担当者が担当し、法務部門担当者は、契約書レビューという形で条件交渉に関わる場合が多いのではないでしょうか。
なお、外部の弁護士であっても、このような役割分担の構造があることを理解していると、たとえば、契約書にコメントを付す場合などにそのことを意識したコメントをすることができると思います。
第2章 契約書レビューの作法
では、ここからは、「第2章 契約書レビューの作法」として、契約書レビューの具体的な手法についてお話をさせていただきます。
契約交渉の流れ
まず、一般的な契約交渉の流れを確認しましょう。ここでは、最も典型的なパターンである二当事者の契約の場合を想定し、一方当事者を「甲」、他方当事者を「乙」と考えてください。
最初に、甲が叩き台となる契約書の第一案を契約の相手方である乙に提示します。これを受けて、乙は、甲から提示された契約書をレビューして修正案を甲に提示します。今度は、甲が、乙から提示された契約書をレビューして修正案を乙に提示する、というような形で相互に契約書のやりとりをし、当事者双方において合意形成ができたところで、最終的に契約書を締結する、というのが一般的な流れになります。
このように、「第一案」をベースに契約交渉が進行することになるため、基本的には、自社の側で第一案を準備する方が交渉を優位に進めやすくなる場合が多いかと思います。
ベースとなる契約書(第一案)の準備
では、その第一案、すなわち、ベースとなる契約書をどのように準備するのかという点についてお話しします。
まず、自社の雛形がある類型の契約書を締結する場面であれば、自社雛形を使うのが通常でしょう。また、雛形がない類型であっても、過去事例から同種同類型の契約書を探して持ってくることもあると思います。さらに、定評ある書籍から同じ類型の契約書雛形を持ってくることもあるでしょう。
加えて、契約書レビューツールなどのサービスにおいても、契約書雛形を収録、提供している場合も多いため、そういったサービスの契約書雛形を使うことも考えられます。
あとは、インターネットから契約書を探してくる場合もあるかと思いますが、インターネットから得られる情報は玉石混交であるため、信頼に足るものかを見極めるに足る程度のリテラシーは必要でしょう。
最後に、これまで述べたようなものを自身でストックしておき、そのストックから事案に応じて適切なものをピックアップして使用するという場合もあると思います。
ベースとなる契約書(第一案)の準備:注意点
ベースとなる契約書を使用するうえで気をつけていただきたいのは、今申し上げたどの契約書をベースとする場合でも、その契約書をそのまま使ってよいかは検討が必要であるというところです。
まず、その契約書が作成された時から法改正がされていないか、重要な判例が新たに出ていないか、社会情勢の変化によって新たに手当すべき点がないか、といったところは、確認・検討しておくべきでしょう。
また、「自社の立場」と書きましたが、例えば売買契約の場合、売主側か買主側かによってレビューの観点は異なってきます。自社が買主となる契約書を作成する場合に、自社が売主の立場であった過去の契約書をベースとすることは適切でない場合が多いと思います。
最後に、「プロパティに注意」と書きましたが、過去事例やインターネットから持ってきた契約書をベースとする場合、Wordのプロパティ情報、特に、「作成者」情報に余計な情報が含まれていないかというのは確認すべきでしょう。たとえば、「作成者」情報に他社や他事務所の名前などが入っていると恥ずかしいですし、場合によっては情報漏洩のような形にもなってしまいます。きちんとWordのプロパティを確認してから相談者や相手方に送付するようにしましょう。
契約書レビューの目的
次に、契約書レビューの目的についてです。ここでは、契約書レビューの目的を5つ挙げています。
1. 当事者の意向を反映する
ここでいう「当事者」は、法務担当者であれば典型的には事業部門担当者になります。また、外部の弁護士であればクライアント、より具体的にはクライアントの窓口担当者が「当事者」になります。「当事者」からのヒアリングなど、コミュニケーションが大切になってきます。
2. 自社にとって不利にならないようにする
「自社」、外部弁護士であればクライアントにとって不利にならないようにするということです。これが、契約書レビューの中心的な目的になると思います。
3. 適法性を確保する
その取引自体が適法なものか、あるいは、取引自体は適法であるとしても個別の契約条項が違法無効なものではないかという点を確認します。その契約に適用される可能性のある業法や、強行規定を確認しておきましょう。加えて、公序良俗違反も問題となりやすいと思います。
また、特定の契約類型の契約、たとえば、合併契約などの組織再編に関する契約では、法的記載事項に漏れがないかの確認も必要になります。
さらに、たとえば、保証契約の場合に、「書面」または「電磁的記録」で作成しなければならないといったような、形式面・手続面の適法性も確認しましょう。
4. 紛争を予防する
まず、きちんと意図した内容どおりに解釈できる契約条項、言い換えれば、複数の意味で解釈されるおそれのない契約条項とすることが重要です。複数の意味で解釈されるような条項は、それ自体紛争の火種となりかねません。
また、問題が生じた場合の具体的な処理方法を契約書上に定めておくことが重要です。実際に問題が起きてしまってからその問題を協議によって解決することは、問題が生じる前に処理方法を合意しておくよりもずっと難しく、契約交渉段階で、これらの点を具体的に決めておくことが、将来の紛争を予防することにつながります。
5. 実効性を確保する
法的な観点からは問題のない契約書であるとしても、実際の運用において機能しない契約書であれば意味がありません。たとえば、支払いに関する事項で言えば、請求書の発行期時期や支払期限が実際の運用において履行可能かについては確認しておく必要があるでしょう。
契約書レビューの形式
続いて、契約書レビューの形式についてです。
実務上のお作法として、契約書を修正する場合には、Wordの修正履歴の機能を使って修正するべきです。まれに、取り消し線と文字色変更によってあたかも修正履歴を使ったかのような契約書修正をみかけますが、適切ではないでしょう。
次に、契約書を修正した場合には、契約の相手方に修正意図を説明するためのコメントを付します。修正意図の説明のほか、相手方に確認事項がある場合などにも、コメントを付す場合があります。コメントを付す方法としては、Wordの「コメント」機能を使って書く方法と、契約書本文中に【 】を使って書く方法が実務上存在しますが、基本的には、上司や相手方の採用する方法に合わせることで良いかと思います。
さらに、相手方向けコメントに加えて、内部向けコメントを付すのが一般的であると思います。法務担当者であれば事業部門担当者向けに、外部弁護士であればクライアント向けに、コメントで確認や説明を行います。この他、一つの契約書に複数のレビュワーがいる場合には、他のレビュワー、典型的には、上司に向けたコメントを付す場合もあるでしょう。
レビューにあたっての留意点
次に、レビューに当たっての留意点、レビューをするうえで気をつけるべきポイントを説明します。
1. 直し過ぎない
特に新人だとやりがちかと思いますが、直し過ぎると相手方に不快に思われる可能性もあるところであり、必要なところだけを直すようにするのがよいでしょう。日本語の好き嫌いなどで直すことはおすすめしません。
2. コメントは丁寧な言葉遣いで
これも「直し過ぎない」と同じような趣旨ですが、契約の相手方はビジネスパートナーであることも多く、敵対するのではなく、敬意を持って接することが、円滑に契約交渉を進めていくうえでは重要かと思います。
3. 法律に従った場合にどうなるかを知っておく
これは、最初の方でお話しした「契約で定めるべき事項」のところで示した図を思い出していただければと思います。契約条項を修正する前提として、法律のデフォルトルールがどのようになっているかを理解するようにしましょう。これを理解することにより、今見ている契約条項が法律のデフォルトルールよりも自社にとって有利なのか不利なのか、という判断ができるようになります。
4. 契約書レビューの目的を意識する
ここは非常に重要であるため、赤字にしました。先述した5つの「契約書レビューの目的」をしっかり意識することが大切です。
それぞれの目的を達成するための具体的な方法やテクニックについては、書籍の方で詳しく解説しています。
5. 条項の抜け漏れがないかを確認
同種同類型の他の契約書と見比べて、その類型の契約書であれば通常定めておくべき条項に抜け漏れがないかを確認します。
6. 契約書全体の整合性を確認
契約書全体の整合性を確認します。特に、修正が何度も入った契約条項については整合性にずれが生じやすいため、重点的に確認しておくべきでしょう。
7. 最終確認
誤字脱字がないか、インデントのズレはないか、表記ゆれはないかといったことを確認します。場合によっては、紙に出力したり、声に出して読んでみたりすることも有効でしょう。
8. 想像力を働かせること
契約書レビューにおいては、結局のところ、想像力を働かせることが非常に重要です。
契約文言が別の意味に解釈される可能性がないか、争いになった場合にどうなるのか、実際の運用において履行可能か、といったことを常に想像するようにしましょう。また、少し違う観点で言えば、相手方向けコメントをする場合、読み手がそのコメントを見たときにどう思うか、不愉快に思わないか、喧嘩腰に捉えられないか、といった想像力も必要だと思います。
このように、常に様々な想像力を働かせて、契約書レビューを行うことが重要になってくるでしょう。
最後に
本日お話したことは、本当に基本中の基本です。
また、実際に契約書レビューの実務経験を積む中で分かってくることも非常に多くあると思います。私自身、最初の頃は苦労しましたが、何通も繰り返しレビューを経験することによって、どんどん契約書レビューをこなすのが楽になっていった感覚があります。
今回お話したようなポイントを押さえつつ、また、私の書籍等も参考にしていただきつつ、業務に取り組んでいただくことで、契約書レビューが上達していくのではないかと思います。
以上です。ご清聴ありがとうございました。